見出し画像

#160:ニコラス・トールネケ著『メタファー 心理療法に「ことばの科学」を取り入れる』

 ニコラス・トールネケ著『メタファー 心理療法に「ことばの科学」を取り入れる』(星和書店, 2021年)を読んだ。新聞広告で見かけて、タイトルに惹かれて購入したのだが、読んでみると、私が期待したのとはちょっと違った本だった。そもそも私が無知だったこと、そして購入するにあたって、十分に中身を確かめようとしなかったのが間違いだったのだが・・・。

 読み始めてわかったのだが、著者は行動療法系の臨床家であった。私自身は心理力動系の立場であり、基本的な考え方と臨床実践の姿勢に隔たりがある。読んでみても私にはあまり参考にならないかとも思ったが、せっかく購入した本でもあり、行動療法系の臨床家がメタファーを臨床実践の中にどのように位置づけて、どのように扱うのかを知る機会にはなるかもしれないと思い、最後まで読み進めることにした。

 読み終えてわかったのは、やはり考え方と実践のあり方がかなり違うということ。著者が本書で示して推奨している実践は、私なりに要約すると、メタファーを、クライエントにとって明確になっていないクライエント自身の行動原理をクライエントに対してわかりやすく明瞭に示す手段として利用するという取り組みである。しかも、私にとっては驚いたことに、こうした立場においては、クライエントに示すのに「有効な」メタファーが、いくつかあらかじめ用意されているという。本書におけるメタファーは、説明をわかりやすくする手段、そしてクライエントの理解を促進するための手段ということに尽きるように、私には思われた(それは誤解あるいは不十分な理解であると反論されるかもしれないが)。

 私がよって立つ考え方においては、メタファーについての理解はかなり異なるものである。そこでは、メタファーは、一見関連がないように見えるもの同士の間に、あるいは関連がはっきりしないもの同士の間に、新しい繋がりが発見されたときに、クライエントとセラピストの間に生まれるものであると言える。つまり、私が理解するところでは、メタファーは、説明や理解のための手段や道具ではなく、新しい認識が生まれたことの、それまでの認識や経験が拡張したことの、結果としての現れである。というわけで、私としては、メタファーが心理面接の中でどのようにして生まれてくるのか、メタファーが生まれることがどのように新しい経験をもたらすのか、といったことについて書かれていることを期待していたのである。

 思いがけず、よって立つ臨床実践についての基本的な考え方が異なると、メタファーについての理解と実践上の位置づけがこんなにも異なるのかと驚かされる読書経験となった。