見出し画像

#636:アガサ・クリスティー著『マン島の黄金』

 アガサ・クリスティー著『マン島の黄金』(ハヤカワ文庫, 2001年)を読んだ。原題は、When the Light Lasts and Other Storiesで、原著の刊行は1997年。著者の死後、かなり経ってから、単行本未収録の作品を中心に編まれた短編集とのことである。そういう経緯もあって、内容的には、ややごった煮感は否めない。

 イギリス版とアメリカ版とでは収録作品に違いがあり、アメリカ版の方が一篇多いとのことで、この日本語版はアメリカ版に準拠して全10篇の作品が収められている。ちなみに、ややこしいことに、2004年にクリスティー文庫版として刊行された同タイトルの短編集には、さらに2篇の作品が追加されて収録されているとのこと。

 ポアロが登場する作品として、「クリスマスの冒険」(1923年)と「バグダットの大櫃の謎」(1932年)の2篇が収録されている。いずれの作品も、後にタイトル改めて改作されたとのこと。作品としては前者の方が優れていると評価したい。いかにもクリスマス・ストーリーらしく仕上げられた、微笑ましい作品である。

 最後に収録されている「クィン氏のティー・セット」(発表年がちょっとわからない。これが原書のイギリス版には未収録の作品とのこと)に登場するクィン氏は著者のシリーズ・キャラクターの一人だが、私はこのシリーズは全く読んだことがなかったので、へえ、著者はこんな傾向の作品も書いていたのかと、意外だった。なお、この作品がこのシリーズの最後の作品とのこと。

 「崖っぷち」(1927年)は、少し前に、別のアンソロジーで読んだことがある作品。タイトル(原題はThe Edge)の持つ多重的な意味合いが最後に効果を発揮する作品だが、何とも苦い後味が残る作品。

 表題作の「マン島の黄金」(1930年)は、地域振興のために企画された、リアル宝探しゲームのために書かれたという特殊な作品。ちょっと評価のしようがない(苦笑)

 「夢の家」(1926年)、「孤独な神さま」(1926年)、「壁の中」(1925年)、そして原書の表題作「光が消えぬかぎり」(1924年)は、いずれもミステリーというよりはロマンス小説系の作品。この中では、唯一ハッピーエンドを迎える「孤独な神さま」を私は好む。恥ずかしくなるようなセンチメンタルな話と言えばそれまでだが(原著編者によるルーブリックには、著者自身もそのように評していたとの記述がある)、私はこの手の話に対して点が甘い(笑)

 残る「名演技」(1923年;原題はThe Actress)は、コンパクトに組み立てられた切れ味の良い佳作。

 “ごった煮感は否めない”と初めに書いたが、主に拾い集められた作品からなる作品集としては、傑出した作品は見当たらないとしても、特に著者のファンであれば、十分に楽しめる作品集であると思う。