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自分が読んだ本についての、感想、コメント、連想を、気ままに書いています。
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2021年8月の記事一覧

#121:鈴木謙介著『カーニヴァル化する社会』

 鈴木謙介著『カーニヴァル化する社会』(講談社現代新書, 2005年)を読んだ。著者プロフィールを見ると、本書を執筆時点で著者は20代後半とのこと。全体を通じて、議論の突っ込みがやや浅く、タイトルにも使われているカーニヴァルの概念が十分には掘り下げられていないなど、物足りなさを感じないわけではないが、著者の若さを考えれば、それはマイナスとばかりは言えないかもしれない。  反省的な自己と区別される再帰的な自己のあり方、統合の軸となるような大きな物語が力を失ってネット上のコミュ

#120:ジェシカ・ベンジャミン著『他者の影 ジェンダーの戦争はなぜ終わらないのか』

 ジェシカ・ベンジャミン著(北村婦美訳)『他者の影 ジェンダーの戦争はなぜ終わらないのか』(みすず書房, 2018年)を読んだ。原著のタイトルは”Shadow of the Other: Intersubjectivity and Gender in Psychoanalysis”で、邦題からは間主観性と精神分析というキーワードが削除されていることになる。私の感覚では、邦題の副題に使われている「戦争」という単語からは、比喩的な意味で用いられているとしても、原著の内容にややそぐ

#119:熊野純彦著『レヴィナス入門』

 熊野純彦著『レヴィナス入門』(ちくま新書, 1999年)を読んだ。読書をしていると、レヴィナスの名前に出会うことは時々あったが、レヴィナスについて書かれた本を読むのは今回が初めてである。  著者の著作としてはは、これまで、『西洋哲学史 古代から中世へ』(岩波新書, 2006年)、『西洋哲学史 近代から現代へ』(岩波新書, 2006年)、『和辻哲郎 文人哲学者の軌跡』(岩波新書, 2009年)、『カント 美と倫理とのはざまで』(講談社, 2017年)といった本を読んできたが

#118:古田徹也著『それは私がしたことなのか 行為の哲学入門』

 古田徹也著『それは私がしたことなのか 行為の哲学入門』(新曜社, 2013年)を読んだ。本書はおそらく著者にとって最初の単著にあたる本だろう。著者が30代前半の時点で執筆された本ということになるが、そのクオリティには目をみはらされるものがある。あとがきの冒頭には次のような一節が置かれている。  誰にでもわかる本が書きたかった。文字通り「誰にでも」というのはやはり難しいけれど、それでも、できるだけ多くの人が理解できる本が書きたかった。それも、『十分で解るカント』のような単に

#117:富樫公一著『精神分析が生まれるところ 間主観性理論が導く出会いの原点』

 富樫公一著『精神分析が生まれるところ 間主観性理論が導く出会いの原点』(岩崎学術出版社, 2018年)を読んだ。著者の論文を読んだことは何度かあるが、単著を読むのは今回が初めて。  本書は、基本的には、精神分析および精神分析的心理療法における「他者」の位置付けについて論じた論文集だと言えるだろう。著者の関心は、繰り返し語られる「倫理的転回」と、その動向にも含意されるクライエントとセラピストの出会いのあり方にあるようだ。  著者は自己心理学および間主観性理論の流れを汲む立

#116:綾屋紗月・熊谷晋一郎著『つながりの作法 同じでもなく違うでもなく』

 綾屋紗月・熊谷晋一郎著『つながりの作法 同じでもなく違うでもなく』(NHK出版生活人新書, 2010年)を読んだ。「当事者研究」で知られる二人の著者による本書を読むことで、私たちにとって、自分の経験を自分の言葉で語ることに努めることの意味と、そのためにはそのような努力を受け止めて耳を傾ける他者の存在が不可欠で不可欠であることを、改めて考えさせられた。  私が特に興味深く読んだのは、第4章の中の「自分の成り立ち」について考察するパートの、「構成的体制」と「個人の日常実践」の

#115:村上靖彦著『治癒の現象学』

 村上靖彦著『治癒の現象学』(講談社選書メチエ, 2011年)を読んだ。先日読んだ『ケアとは何か』に大いに触発されたので、著者の別の本を読んでみようと図書館で手に取ったのが本書である。  本書は、『ケアとは何か』とは随分雰囲気が違って、ガチガチの哲学書の趣がある。もっともタイトルにある通りに、主として精神分析治療における「治癒」が本書のテーマであり、臨床に焦点が定められている点では、『ケアとは何か』との繋がり(への発展)を見て取ることはできなくはない。しかし、随分な「距離感

#114:田中千穂子著『関係を育てる心理臨床 どのようにこころをかよわせあうのか 専門家への手びき』

 田中千穂子著『関係を育てる心理臨床 どのようにこころをかよわせあうのか 専門家への手びき』(日本評論社, 2021年)を読んだ。著者の本は、これまで、『心理臨床への手びき 初心者の問いに答える』(東京大学出版会, 2002年)、『プレイセラピーへの手びき 関係の綾をどう読みとるか』(日本評論社, 2011年)を読んできた。いずれも内容において類例の少ない優れた本であり、機会あるごとに人に勧めてきた。本書もまた、その延長上にある、いっそう著者の姿勢が突き詰められて徹底した本で

#113:橋本幸士著『物理学者のすごい思考法』

 橋本幸士著『物理学者のすごい思考法』(集英社インターナショナル新書, 2021年)を読んだ。本書を知ったのは確か新聞の書評欄での紹介だったか。硬軟入り混じった(多くが軟)軽妙なエッセイが楽しめる。  タイトルに偽りなく(「すごい」かどうかは置いておいて)、物理学者である著者の生態(?)の丁寧な描写を通じて、物理学者が日常をどのように過ごしているのか、その一端を覗き見ることができる。個人的には、比較的「硬」のテーマが集められている第2章が最も興味深かった。中でも、「科学は美

#112:竹内敏晴著『声が生まれる 聞く力・話す力』

 竹内敏晴著『声が生まれる 聞く力・話す力』(中公新書, 2007年)を読んだ。著者の本としては、『子どものからだとことば』(晶文社, 1989年)『「からだ」と「ことば」のレッスン』(講談社現代新書, 1990年)、『日本語のレッスン』(講談社新書, 1998年)といった本を読んできた。本書もそうした流れの延長にある、著者の独自の実践と考えについて書かれた本である。  著者は、自らの経験に立脚しながら、音声としての言葉がどのように生まれ、どのようにして相手に向けて発せられ

#111:村上靖彦著『ケアとは何か 看護・福祉で大事なこと』

 村上靖彦著『ケアとは何か 看護・福祉で大事なこと』(中公新書, 2021年)を読んだ。本書には、人と人とが関わるうえでとても重要なことが、コンパクトに凝縮されて書かれている。直接には、副題にもある通りに看護と福祉の領域でのエピソードを中心にまとめられているが、本書に示されていることは、ほぼそのまま、私の専門領域である心理臨床や心理療法の場面にも当てはまると、私は思う。  本書の内容について、取り上げて私の考えを書き添えたい箇所はたくさんあるのだが、そのうち、ここでは深く印

#110:今村昌弘著『兇人邸の殺人』

 今村昌弘著『兇人邸の殺人』(東京創元社, 2021年)を読んだ。評判になったデビュー作を半信半疑で読んで大いに感心させられ、期待と不安を抱いて読んだ第2作に唸らされての、待望の第3作が本書である。発売日の翌日に入手して、一気に読ませてもらった。  著者の作品には、毎回周到な工夫が凝らされていることに感心させられる。著者は何かのインタビューで、デヴュー作を書くにあたって先行作品を相当に研究したと語っていたと記憶しているが、その成果は本作にも存分に生かされている言えるだろう。