マガジンのカバー画像

読んだ本

535
自分が読んだ本についての、感想、コメント、連想を、気ままに書いています。
運営しているクリエイター

2021年6月の記事一覧

#104:仙田満著『子どもとあそび 環境建築家の眼』

 仙田満著『子どもとあそび 環境建築家の眼』(岩波新書, 1992年)を読んだ。著者の本は、以前、『子どもを育む環境、蝕む環境』(朝日選書, 2018年)を興味深く読んだことがある。  本書は元々朝日新聞の日曜版に連載された記事を、大幅に整理して、手を加えたものとのことである。建築家の視点から、子どもが遊ぶために必要な空間とその性質、そうした空間が子ども同士の関係や子どもと大人の関係にどのように影響を及ぼすかといったことが、豊富なデータに基づいて縦横に論じらていて興味深い。

#103:バトラー後藤裕子著『デジタルで変わる子どもたち 学習・言語能力の現在と未来』

 バトラー後藤裕子著『デジタルで変わる子どもたち 学習・言語能力の現在と未来』(ちくま新書, 2021年)を読んだ。本書は、言語学習、言語教育の専門家による、デジタル機器が「デジタル世代」(おおよそ21世紀生まれ)の言語発達に及ぼしてきている影響に関する実証研究の概括的なレヴューと、それを踏まえてこれからの言語教育に関して著者が考える見通しをその内容としている。  本書を読んで私に取って収穫だったことの一つは、言語発達にとって、デジタル機器の利用との比較においても、身体をベ

#102:吉川浩満著『理不尽な進化 増補新版 遺伝子と運のあいだ』

 吉川浩満著『理不尽な進化 増補新版 遺伝子と運のあいだ』(ちくま文庫, 2021年)を読んだ。原著は2014年に朝日出版社から刊行されており、加筆修正のうえ、付録となる書き下ろしの章が付加されたのが本書とのことである。本書については、刊行直後くらいの時期に知人から勧められて知ってはいたのだが、読む機会を掴めずにいた。この度、文庫化されて店頭で平積みされているのを見かけて、今こそと、手に取った次第。  本書のテーマはタイトルの通りに進化論であるが、本書の重点はむしろ「理不尽

#101:イーデン・フィルポッツ著『灰色の部屋』

 イーデン・フィルポッツ著『灰色の部屋』(創元推理文庫, 1977年)を読んだ。原著は1921年に刊行された英国ミステリの古典期の作品である。フィルポッツの作品でこれまで読んだのは、代表作とされる『赤毛のレドメイン家』と『だれがコマドリを殺したのか?』の2作品。  『だれが〜』を読んだのは比較的最近だが、『赤毛の〜』の方は初読は小学生の頃。当時は(今でも?)海外ミステリの必読の名作として推されていた作品だったので、新潮文庫版で読んだのだが、当時の私にはよくわからなかった。成

#100:武田信子著『やりすぎ教育 商品化する子どもたち』

 武田信子著『やりすぎ教育 商品化する子どもたち』(ポプラ新書, 2021年)を読んだ。私は以前の仕事の関係で、数年前に著者の講演を比較的短期間のうちに二度聴いた経験がある。その時の印象は、おそらく著者の問題意識と考えは、私のものと重なる部分が多いのだろうなというものであったが、本書を読んでそのことを確認することができた。それと同時に、私自身の経験につながる、ある苦い思いが改めて込み上げてくることにもなった。  本書の中心的なテーマは、今を生きる子どもたちに対する社会からの

#99:上川あや著『変えてゆく勇気 「性同一性障害」の私から』

 上川あや著『変えてゆく勇気 「性同一性障害」の私から』(岩波新書, 2007年)を読んだ。著者は、2003年に、日本で初めて、自らが性同一性障害の当事者であることを公表して地方選挙に立候補して当選を果たし、現在も地方議員としての活動を続けている。  本書は、本書が出版された時点までの著者の半生を振り返る形で、著者が当事者として直面してきた困難さと、それにどのように向き合ってきたかの過程が、日本において性同一性障害(DSM-Ⅴでは「性別違和」に改称)の社会の中での位置づけが

#98:アンデシュ・ハンセン著『スマホ脳』

 アンデシュ・ハンセン著『スマホ脳』(新潮新書, 2020年)を読んだ。個人的には邦題はちょっといかがなものかと思うが、原題からそうかけ離れているわけでもないみたい。  内容は至極真っ当で、面白く、読みやすく、わかりやすい。これぞポピュラーサイエンス本のお手本。進化生物学と脳科学の枠組みから、ざっくりと大づかみに、くっきりとした輪郭で話を進めながら、気の利いた小ネタを適度に配置する手際の良さ。見事である。  「デジタルネイティブ世代」がこの本を読んだら、どのような受け取り

#97:エーリッヒ・フロム著『悪について』

 エーリッヒ・フロム著『悪について』(ちくま学芸文庫, 2018年)を読んだ。原著が刊行されたのは1964年。フロムの著書で現在文庫本で入手できるのは本書のみではないだろうか。  本書は暴力の問題を取り上げるところから始まって、ネクロフィリア、ナルシシズム、近親姦的固着(母親との共生的固着)という3つのタイプの悪性の退行的現象が個人に、そしてとりわけ社会にどのような形で現れるか(実際に歴史上に現れたか)を考察するものである。原著が刊行されて50年以上経過しているわけだが、フ

#94:廣松渉著『表情』

 廣松渉著『表情』(弘文堂, 1989年)を読んだ。中古書店でたまたま見かけて購入した本なのだが、著者が独特の個性的で難解な文章の書き手であることをすっかり忘れていた・・・。  私たちが他者の表情を感じ取ること、そして私たちの表情に表れるもの、それが果たす機能を手がかりに、西洋近代の認識論における主観ー客観図式と存在論における個の存在の捉え方を根本から批判して、著者独自の認識論と存在論が述べられていることはかろうじて理解できる(たぶん?)が、議論の詳細には到底ついていけずじ

#93:菊池良和著『吃音の世界』

 菊池良和著『吃音の世界』(光文社新書, 2019年)を読んだ。吃音に関する本としては、以前に、近藤雄生著『吃音 伝えられないもどかしさ』(新潮社, 2019年)を読んで、多くのことを知ること、学ぶことができた。最近たまたま新聞記事で著者のことを知ったこと、また仕事で吃音の問題について考える機会があったことから、本書を読んだ。  著者は自身が吃音を抱える吃音症の専門医であり、そうした立場から、吃音についてとてもわかりやすく、コンパクトに、そして丁寧に、読者に説明してくれてい

#92:出口治男[監修]<心理臨床と法>研究会[編]『カウンセラーのための法律相談 心理援助をささえる実践的Q&A』

 出口治男[監修]<心理臨床と法>研究会[編]『カウンセラーのための法律相談 心理援助をささえる実践的Q&A』(新曜社, 2009年)を読んだ。本書は、心理臨床家がその業務において日常的に出会う可能性のある様々な具体的な問題に関わって、その法的責任のありかや程度などについて、監修者である著者が法律家の立場からポイントを解説して見解を述べたものである。心理臨床家の業務を法律の枠組みの中に置き、法的な観点から評価する実践的な考え方を読者に教えてくれる貴重な本である。  半ばは自