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読んだ本

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自分が読んだ本についての、感想、コメント、連想を、気ままに書いています。
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2021年5月の記事一覧

#91:吾妻壮著『精神分析の諸相 多様性の臨床に向かって』

 吾妻壮著『精神分析の諸相 多様性の臨床に向かって』(金剛出版, 2019年)を読んだ。本書には、近年の米国の精神分析の研究と臨床の動向を一般に関係精神分析としてまとめられるグループの動きを中心に紹介する目的に沿う著者の論文が、あわせて11編収められている。内容とは直接関係しないが、どうしたことか校正の不備と思われる誤字、脱字の類がこの手の本にしてはかなり多いのが残念。  著者の立場は、関係精神分析の中核部分を、英国独立学派と米国対人関係学派に見るものであり、近年のポスト・

#90:河合隼雄著『こころの最終講義』

 河合隼雄著『こころの最終講義』(新潮文庫, 2013年;原著は『物語と人間の科学』として1993年に岩波書店から刊行)を読んだ。本書に収められているのは、あわせて6つの講義・講演で、一番早い時期のものが1985年4月で、残りの5つは1991年9月から1993年2月にかけての約1年半の間に行われたものである。  話された機会によってそれぞれの主題は異なるのであるが、これらの講義・講演を貫いているのは、「物語ること」というテーマであると思われる。そこでは、西洋の近代の自然科学

#89:須賀敦子著『こころの旅』

 須賀敦子著『こころの旅』(ハルキ文庫, 2018年;原著は2002年刊行)を読んだ。著者の名前を初めて知ったのは20年近く前、亡くなられた後に全集が刊行されたことを取り上げた新聞記事だった。  その時以来、ずっと気になってはいたのだが、実際に手に取る機会は訪れなかった。つい先日読んだ鈴木國文氏の著作の中で、著者の文章が引用されているのを読んで、この機会に著者の文章を一度何でもいいから読んでみようと決意して、近所の中古書店でたまたま見つけた本書を読むに至ったという次第。

#88:鈴木國文著『「ほころび」の精神病理学 現代社会のこころのゆくえ』

 鈴木國文著『「ほころび」の精神病理学 現代社会のこころのゆくえ』(青土社, 2019年)を読んだ。著者はラカン派の精神科医。本書は、著者が診療経験を通じて見てきた患者の病態や精神科医療のあり方の時代的な変化を跡づけつつ、それらを社会のあり方の変化と関連づけた論考を中心に再録して、一冊の本としてまとめられたものである。  著者が指摘する変化の一つは、「不安」や「うつ」が社会・文化の中で創造的な形で乗り越えられていくというダイナミックな機序があまり作動しなくなり、薬物や認知の

#87:鶴見俊輔他著『神話的時間』

 鶴見俊輔、谷川俊太郎、工藤直子、佐野洋子、西成彦著『神話的時間』(熊本子どもの本の研究会, 1995年)を読んだ。本書は、発行元である「熊本子どもの本の研究会」の10周年記念事業として行われた、鶴見俊輔氏の講演、谷川俊太郎氏と工藤直子氏の対談、佐野洋子氏と谷川俊太郎氏と西成彦氏の鼎談をまとめたものである。中古書店の店頭でたまたま見かけて出会った本である。  本書で私が最も興味深く読んだのは、表題にもなっている、「神話的時間」と題された鶴見俊輔氏の講演と、本書のために鶴見氏

#86:中島岳志著『自分ごとの政治学』

 中島岳志著『自分ごとの政治学』(NHK出版, 2021年)を読んだ。本書は、以前読んだ、高橋源一郎著『「読む」って、どんなこと?』と同じく、「学びのきほん」と名付けられたシリーズにラインナップされている1冊。本というよりは、MOOKと読んだ方が正確か。  内容はとてもシンプルでわかりやすい。タイトルの通り、「自分ごと」として政治について考えてもらいたいという著者の意図が十分に伝わってくる。「左」対「右」という構図とは別の観点から「リベラル」対「パターナル」という構図を提示

#85:山田ズーニー著『あなたの話はなぜ「通じない」のか』

 山田ズーニー著『あなたの話はなぜ「通じない」のか』(ちくま文庫, 2006年)を読んだ。著者についての予備知識はまったくなかったのだが、以前、知り合いが参考になった本の著者としてその名前を挙げていたのが記憶に引っかかっていて、手に取ってみようと思った次第。  本書の内容は、端的に言えば、より良いコミュニケーション力を身につけるための指南である。その主張はストレートで明快であり、わかりやすい。すぐに実践可能な具体的なアドバイスもたくさんある。  著者の主張の中核を、著者の

#84:ロバート・G・クヴァーニス、グロリア・H・パーロフ編『サリヴァンの精神科セミナー』

 ロバート・G・クヴァーニス、グロリア・H・パーロフ編『サリヴァンの精神科セミナー』(みすず書房, 2006年)を読んだ。先日、中井久夫先生の著書を読んだ流れで、すぐに読んでみたくなり、購入したまま未読だった本書を手に取った。  本書は当時研修医だった編者のクヴァーニスが提示したリアルタイムで進行中の若い男性入院患者の治療面接の過程を題材とした全5回のケースセミナーの様子を収めたものである。サリヴァンの面接のやり方については、サリヴァン自身による講義を編集した『精神医学的面

#83:中井久夫著『サリヴァン、アメリカの精神科医』

 中井久夫著『サリヴァン、アメリカの精神科医』(みすず書房, 2012年)を読んだ。本書は、著者が訳者として翻訳に関わり続け、紹介を続けてきたハリー・スタック・サリヴァンについて、訳出出版された本のあとがきを中心に再録した文章をまとめたものである。  『現代精神医学の概念』『精神医学的面接』『精神医学は対人関係論である』『サリヴァンの生涯1・2』については私は既読であり、当然訳者あとがきも目を通しているはずであるが、こうして改めて一冊にまとめられた本として読むと、以前は通り

#82:中谷宇吉郎著『科学の方法』

 中谷宇吉郎著『科学の方法』(岩波新書, 1958年)を読んだ。私の手元にある本には、「1990年, 第41刷発行」とある。現在も現役で流通している本のようであり、相当なロングセラーであると言えるだろう。  内容は、「自然科学とは何か」について、測定するとはどういうことか、測定の精度の限界といったテーマから始めて、非専門家に対してわかりやすく、平易な表現で著者の考えを丁寧に説いていくもの。著者の立場は、自然科学とは人間による自然の理解を積み重ねたものと要約することができるだ

#81:松田道雄著『母親のための人生論』

 松田道雄著『母親のための人生論』(岩波新書, 1964年)を読んだ。著者の本では、『定本 育児の百科』(岩波書店, 1999年)にずいぶんお世話になった。また、『自由を子どもに』(岩波新書, 1973年)も良書だったと記憶している。  本書は発行が1964年で、私の手元にある本が「1999年 第41刷」とあるのでロングセラーだったことがうかがわれる。「あとがき」によれば、昭和38年(1963年)にラジオ番組として継続的に放送された内容をまとめたものとのこと。確かに、内容、

#80:カズオ・イシグロ著『クララとお日さま』

 カズオ・イシグロ著『クララとお日さま』(早川書房, 2021年)を読んだ。イシグロは私の好きな作家の一人。『日の名残り』から読み始めて、『遠い山なみの光』『浮世の画家』『わたしたちが孤児だったころ』『わたしを離さないで』『忘れられた巨人』と読んできた(映画化された『日の名残り』と『わたしを離さないで』も観た。どちらも良い映画だと思う)。  前作の『忘れられた巨人』には、いろいろな意味で戸惑わされたが、本作は安心して(?)読むことができた。その反面、どうしても『わたしを離さ

#79:ヨシタケシンスケ著『思わず考えちゃう』

 ヨシタケシンスケ著『思わず考えちゃう』(新潮社, 2019年)を読んだ。本書は売れっ子絵本作家(『りんごかもしれない』は掛け値なしの名作だと思う)による、自作スケッチを解説する形式のエッセイ集。  風変わりな形式の本だが、イラストそのものと、そこにつけられた文章のいずれもが軽妙で、読んでいると思わず笑みがこぼれ、ときに考えさせられる。著者の着眼点とそこから広がる連想には、絵本作品にも通じる著者の個性があふれている。絵本作品の方で著者の発想に感心させられることの多い私は、こ