魂が美しいと叫ぶ
「地下アイドルになりなさい。」
職場から一番近い本屋で見つけたこの殴り書きの文字は模造紙にマッキーペンで書かれていて、妙に味がある。
本のPOPとして書かれたであろうこの言葉は私の心をぐさりと刺すのだ。
その痛みはアイドルなりたいのになれなかった悔しさとか、心の奥底で眠っていた野心を照らされてしまった気づきのようなものとは無縁で、なんでそんな無責任なことを言うのだろうという怒りに近い。
お告げに近しい言葉のはずが、私にとっては全くの空振りだ。
本を読んでいないのにこんな好き勝手なことを言ってしまうのは野暮ではあるが、仕事の昼休みを本屋で過ごす私にとって、"地下アイドル"という言葉の重みを軽快なキャッチコピーに添えてしまう気軽さが私には一生理解し難いのである。
***
10月2日、ミスiDセミファイナリストが公式サイトで公開された。
URLを恐る恐るクリックする瞬間の、数時間前、数日前、数週間前。
私はカメラテストで話した内容を何度も頭の中で再生しては、誤った伝え方はしていないよな、と不安な時間を過ごしていた。
残念ながらセミファイナリストの一覧に"末次どりる"を見つけることができなかったので、ここでは、今後公開される可能性が極めて低いお蔵入り映像について話しをする。
1分間の動画では自分が今まで感じできたことや、私の人生を変えてくれた映画について話をした。
今の自分に胸を張れる話しができなかったから、結果は妥当なものだと思う。
審査員長を務める小林さんとの質疑応答では、エントリーシートの審査員にしか見られることはない非公開PRについての質問があった。
私は一卵性の双子であること。
幻.noというアイドルグループに所属している早乙女ゆみのが私の双子のお姉ちゃんであること。
私たち姉妹はずっと双子であることを公には語らず隠して生きてきたこと。
それについての話だった。
ずっと、というのは正確には7年前から。
姉がアイドル活動を始めたことを皮切りに、姉は双子であるという事実は疎か、妹がいるという濁しすら使わず、私の存在を根っこから消した。
誰と誰が姉妹だなんて、他人からしたらどうでもいい情報なのかもしれない。
それでも、それを隠して生きたいという姉の強い意志は、このアイドル業界に常に提示されている「唯一無二であること」の最低限条件をクリアするためには不可欠な覚悟であった。
その覚悟は絶対正しいはずなのに、私と双子として生まれた事実が、お姉ちゃんにとって重荷になっていることが少し悲しかった。
カメラテストで小林さんに「この質疑応答の部分を使っても大丈夫か」と聞かれたとき、不意打ちの質問にもかかわらず、「大丈夫です」と答えたのは、はっきり言って自分の意思でしかなかった。
それでも、こうでもしなければ、私の人生の中心はずっと早乙女ゆみののままなのだ。
ミスiDに挑戦していたとき、ツイキャスで定期的にラジオ配信していた。
そのとき、配信にお付き合いしてくれた恩師に「末次どりるは誰の影響を受けて構成されているの?」と質問された。
あのときは自分の好きなアーティストや地球で一番かわいい女の子について話していたのだが、本当は違う。
絶対に早乙女ゆみの。
早乙女ゆみのは破天荒で気が強くて、負けず嫌いで、明るくて、いつまでも永遠に少女な女の子。
黒髪ロングを13歳の頃から現在まで続けるという徹底したキャラクター。
SNSはたまに炎上するから私は見ないようにしている。それくらい、人生を投げてしまっているおかしな人。
まさに私にとっては本物だった。
双子であるという秘密は、彼女が有名になればなるほど呪いに変わる。
私を私と認識していた人まで、早乙女ゆみのの存在を不可抗力で知ってしまった日から、私を認識しなくなっていったのだから、その呪いの威力は本物だ。
私だって表現することが好きなのだ。
こうして文章を書くこと、演技をすること、写真を撮られること。
生きている証が欲しくて、だれにも読んでもらえる遺書がほしくて、ずっとうずうずしていた。
それでもそれが出来なかったのは、自分にいつも言い訳を作ってきたから。
早乙女ゆみのの活動の邪魔はしない。
そんな呪いを自分自身にまでかけて、敷かれたレールを歩き、今では8時間働けばきちんと決められた賃金が出る場所が私の唯一の居場所になった。
もちろん誰かの特別になんてならなくても、自分が自分をしっかり愛せること。
それが一番大切なことを私は分かっている。
それでも本名とは似ても似つかない名前で戦うのは、1人の表現者を生きさせるための延命行為なのだ。
姿形は似ていても、正反対な魂が私たちの最高の特徴だって自信を持って言えてたあの時代のこと。
私は今でも貫いてみたかったんだと思う。
***
セミファイナリストが発表される一日前。
10月1日、姉が7年間活動していた"幻.no"が解散するというツイートを見た。
解散を聞いた時、なんだか自分のことが物凄く惨めに感じた。
彼女が7年間のアイドル人生を完結させるということは、ようやく自力でスタートラインに立てた私の、これから走っていくコース内に彼女がいないという現実だった。
ギリギリのところで間に合わなかった。
私よりもずっとずっと先回りしている姉の考えていることなんて、私には一生分かるはずがないけれど、それでも、あなたが私の心を燃やすから、私はようやく誰のせいにもしないで、自分の足で立つことができたんだ。
***
10月4日、姉と8ヶ月ぶりに会った。
彼女が私との約束に必ず遅刻するのはいつものこと。
駅近のファミレスに先に入り、何も頼まず、どんなテンションで話そうか、ずっと考えていた。
すると、妙にテンションの高い声で「ヤッホー!」と目の前のソファーに座る。
いろいろ話したいことがあったんだ。
会えなかった8ヶ月で起きた目まぐるしい日々の話。
ミスiDをひっそり受けていたことは怒られるだろうと思っていたが、その怒りは想像していたものとは違った。
「なんで早く言わないの!めちゃくちゃ面白いじゃん」
彼女の炎上上等メンタルに火をつけてしまったらしい。
2時間くらい喋ったところで、何故か私は幻.noの衣装を着せられていた。
なんてことだろう。
セミファイナリストになれなかったのに、今の方が生き生きしている。
私はやっぱり早乙女ゆみのが好きだ。
アイドルはいつも光を魅せてくれる。
私には持っていない光だらけ持っている。
アイドルの人生を早乙女ゆみのが終わらせる日、私は一体何が出来ているだろう。
やりたいことはたくさんあるから、時間が足りないかも知れない。
それでも、夢見る頃を過ぎても、私はまだまだやれるって証明していこう。
そして、いつしか、2人の魂がそれぞれの色で燃え上がりますように。
その炎が絶対美しいものでありますように。
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