但思善悪(リー第二モジュール)

 炎天下の中、また一日は午後を迎え、街中の往来は疎らなものになった。その中でリーは岡 持ちを持参しながら、■記商会の地味で目立たない門を叩いた。

「誰や目ン玉節穴ないんわ?最後の晩餐を届けるに作法なんか必要あらへんがな。はよう中 まで持って来んかい。」

「失礼、リンさんの代役でメシを届けに。」

「……リーやないかい? お前、ホンマにリンのとこでシノギをやっとったんか?」

リーは答えなかった。そのまま弁当箱の中から小皿の料理を取り出し、男の前にある――祭 壇の上に並べていった。

「俺ら兄弟の好んどった味をよぉく覚えとるやないの。」

「そりゃもちろん。それにしても、お前さんら尚蜀人のくせしてどいつもこいつも好みが変 わったもんだよ。お前さんを除いてだぁれも辛いのが苦手だわ、家庭料理しか受け付けないわで。」

男はトウガラシがまったく入っていない料理を並べられた祭壇をほうを見て、ため息をつき ながら「でも、みんな死んでもうた。」と言葉を吐いた。

「てっきりこの話はしたがらないと思ってたよ。」

「こっちこそ、てっきりお前も自分の手が汚れているのを自覚してるのかと思っとったわ い。」

「裏社会の実権を奪うのと人を殺すのじゃ天と地の差でしょうが。お前さんが自分から選ん だ道だろ、それ。」

「俺たちはそれでメシ食ってんねん。俺にその実権を奪えってお前に言われるもんなら、 こっちに選択の余地なんかあらへんがな。」

リーは首を振りながら、岡持ちから最後の料理を取り出す。 ふと、男の目が光った。

「おっ、なんやまだ尚蜀の辣豆腐も持ってき――ちょ待て、皿ン中に全然赤色が入ってない やんけ。一目で龍門の料理人が作ったなんちゃって尚蜀料理なのが分かるわ。食う気もせえ へん。」

「おれが作った。」

それを聞いて男は疑いながら豆腐を一つ掬い上げ、口の中で転がしてみると、たちまち辛さ にやられて激しく咳き込む。

「ゲホッゲホッ……さすがはリーはんの手腕や。お見それした。」

「辛いと知らずに辛いのを食わせる方法なら、何かと思いつくもんなんでね。」

「そりゃホンマに。血を流さずして俺を取って代わって、次にあのネズミと競り合う人に なったリーはんは流石なお方や。ホンマ、めでたいことやで。」

「何がめでたいことやで、だ。うちは龍門で少しでも穏やかに過ごしたいだけだっての。」

「そないなこと信じられるかいな。」

「お前さんも最初こそはおれを疑ってたけど、結局最後はいつもおれの言う通りに動いてく れたってことは、おれの言ってることは全部ホントだって知っていたからでしょうよ。」

「……俺をここまでハメたのも、穏やかに過ごしたいだけっちゅうことやったんか?」

「自分のためだけじゃないけどな。」

「俺を引きずり下ろした今、よそモンのお前もあのネズミの上客みたいなもんや。穏やかに 過ごしたいだけなら難しゅうないやろうが、『自分ためだけやない』っちゅうのはどういう 意味や?」

「お前さんが失脚した後、龍門じゃほかに気骨のある輩はいなくなっちまった。残った烏合 の衆をなんとか殺し合いに発展させずにまとめてみせるってリンさんが言うもんだから、おれ は彼を信じただけだよ。」

それを聞いて男はしばし呆然した後、ようやく箸を手に取った。

「ほんならもうお帰り願おうか。そういう意志がないのなら、余計に自分の手を汚す必要は あらへんよ。」

「まあそう急ぐなって。」 そう言ってリーは何かをひょいと投げ出すと、それは男の胸の中に落ちた。

「これは?」

「車の鍵だ。もし本当にカタギに戻りたい気があるのなら、乗りな。乗ったら向かうべきと ころが分かってくるさ……」

「……これ以上、せっかくのメシを無駄にしないでくれ。」

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