オルゴール

「ハル、久しぶり!」
「純ちゃん!元気にしてた?」
「もっちろん!」
 お馴染みのとびっきりスマイルでそう答える。
「これ、お土産。」
「ありがとう!」
「それベルギーのチョコレートなの。相当甘いから気を付けて。」
「わかった。みんなで食べるね。」
 そう言いながら陽乃はカラフルな手提げをカバンにしまった。
「今年はベルギーに行ったの?」
「他の国にも行ったけど、メインはベルギーね。」
「そうだったんだ。今回も読めるの?」
「もちろん!文化祭の時に発表するつもりだからハルも絶対読んでよね!」
 
 四宮純恋(しのみやすみれ)は文芸部に入っていた。
 この学校の文芸部は三か月に一回のペースで文集を発行しており、部員がそれぞれ思い思いのテーマで文章を寄稿していた。特に秋の文集は文化祭に展示されるとあって、部員たちはいつも以上に気合を入れて書くのだった。
 純恋は小さい頃から家族で海外旅行に行くことが多く、そこでのエピソードなどを面白おかしく書いて寄稿していた。純恋の書く文章には人を引き付ける力があり、隠れた人気があった。もちろん陽乃もその一人だった。
 
 陽乃にとって純恋との出会いはなかなかに衝撃的だった。
「私、四宮純恋。でも純恋って名前あんまり好きじゃないから純、って呼んで。」
「分かった。じゃあ、純ちゃんでいい?」
 純恋は可愛く笑いながら、ありがとう、と呟いた。陽乃はこの頃から、純恋の可愛い顔の下に隠された確かな強い信念を感じ取っていた。
そしてその強さは、彼女の書く文章からも感じ取ることができた。おそらくその強さが人気の一因だったのだろう。
 
「やっぱり海外って水道水とか飲めないの?」
「うーん、国にもよるよ。ベルギーは飲めないこともないけど、簡易的なろ過装置みたいの使ってるところも多いみたい。」
「そうなんだ。なんかヨーロッパだとスイスとかは水が綺麗なイメージ。」
「ああそうね。日本だったら長野とか、時計作りはきれいな水がないとだめっていうもんね。」
「そうそう!」
「でもねハル、それは昔の話なの。」
 純ちゃんは意地悪そうな笑みを浮かべてそう言った。同性の私でも思わず落ちてしまいそうな可愛い笑顔。これが小悪魔という生き物なのだろうか。
「どういうこと?」
「簡易的なろ過装置ならそこらへんで売ってる時代よ?今の科学技術なら自然界より綺麗な水なんて簡単に生成できちゃうわよ。」
「あ、確かに。それもそうね。」
「まあ昔から時計作りのノウハウがあるから今でも盛んなんだろうけどね。」
 ふんふん、とうなずく。
「あ、そうだ。オルゴールってあるでしょ?」
「うん。」
「あれも時計と同じで長野でよく作られてるみたいなんだけど、なんと世界のオルゴールの七割が日本で作られてるらしいの。」
「え、そうなの?」
「そう。だからそれ聞いてからお土産にオルゴール買うのやめちゃったの。日本で作ったもの海外で買ったらなんかそんな気がしちゃって。」
確かに、そういわれてみるととてもそんな気がしてきた。
「だから国内旅行とかしてもちゃんと裏面見た方がいいわよ。意外と群馬の工場とかで作られてるかもしれないし。」
「何その偏見。気を付けてみるけど。」
 私は笑いながらそう答えた。
「でも安心して、そのチョコは正真正銘ベルギー産だから。私の書くお話もね!」
 笑いながらそう言う純ちゃんを見て、文化祭を楽しみにするのだった。

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