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長すぎる寄り道③(京都ー近江塩津)

僕は今、電車の中でこの文章を書いている。今朝、難波で目を覚まし、18時には梅田にいる必要がある。それまで、僕は1日何をしようかと思いながら、とりあえず電車に乗った。ただまっすぐ梅田へ出ても面白くないので、気の向くままに電車を乗り継ぎ、気になる土地に立ち寄りながら、長すぎる寄り道をしてみようと思い立ったのである。

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3番ホームの階段を登ると、タイミングを合わせてくれたみたいに、ちょうど電車がやってきた。列の後ろに並んでいたのだけれど、たまたま空いていた席に座ることができた。論文のようなものを夢中になって読み耽けるおじいさんの横に座るなり、僕はポケットに入っていた(というか入れていた)『村上ソングズ』(村上春樹・著、和田誠・絵、中央公論新社、2010年)を取り出し、おもむろに読み始める。おじいさんへの対抗心があるのかもしれない。あるいは、書き疲れて一度読むことに切り替えたいのかもしれない。いろんな気持ちが入り混じり読書を始めたけれど、この紀行文『長すぎる寄り道』はできるだけ電車の中で書き切りたいという思いがあるので、またすぐに書き始めることにした。


滋賀に入れば、すぐに琵琶湖が見え始める。おそらく、滋賀県内にいればどこからでも琵琶湖を見ることができるんじゃないかな。背の高いビルヂングに視界を阻まれ、視覚的に琵琶湖を見ることができなくとも、きっと滋賀県民の心の中にはそれぞれの琵琶湖がある。僕は滋賀県民ではないからそんなことはさっぱりわからぬけれど、それほど琵琶湖は大きなものなのだ。琵琶湖が本気を出せば、おそらく軽々と、あるいは悠々と滋賀・福井の県境を超えられるだろう。そう考えると、琵琶湖が滋賀県内に収まっていることは奇跡に近いことなのではないか。そういえば、県境を跨ぐ湖を僕は知らない。ということは、県境を跨ぐ湖なんて、この日本に存在していないのである(調べたところ、3つくらいあるらしい)。それはなぜかというと、あくまで僕の個人的で出鱈目な推察によると、実は廃藩置県が実施された明治期は、土地の権利関係をめぐるトラブルを防ぐために、県境を全て線で記していたのである。今で言うところの、運動会のトラックを描くホワイトラインのような粉を用いて、地面に境界線を引いていた。しかし、地面に境界線を引くことはできても、水面に線を引くことはできない。そのため、廃藩置県から時間が経ち、県が徐々に統合されていく中で、県境を決める際に湖を避けるようになったのである。まあこれは僕の個人的で出鱈目な推察であるのだけれど。


電車が止まった。駅でもない、踏切でもない。ただの田んぼのど真ん中で電車が止まった。何か事故でもあったのだろうか。それとも、琵琶湖の東側を走る電車は、1度ここで停車をしてからもう1度発進する決まりが設けられているのだろうか。と考えていたが、どうやら、走行中に異常音がしたために点検をするというのだ。勘弁してくれ。僕は18時に梅田のCLUB QUATTROにいて、Ginger Rootが出てくるのを今か今かと待ちのぞまねばならんのだ。暇つぶしの寄り道が原因でライブに遅刻するだなんて洒落にならん。どうしようもない焦りと、運転再開を願う気持ちと、もしライブに間に合わなかったらという不安と、調子に乗って琵琶湖1周などと目論むのではなかったという後悔が入り混じり、ペンがうまく走らない。というのも束の間(と言っても30分ほど電車は立ち往生していたのだが)、ちゃんと電車は走り出した。安堵の息がもれる。「タダオ……」と(それは安堵ではなく安藤)。30分も動けなかったおかげで、開場1時間前に梅田につき、1杯酒を飲んでライブに行くという計画が狂ってしまった。


湖の東側を走る路線からは、あまり琵琶湖が見えない。僕がもし滋賀県民ならば、心の目で琵琶湖を見ることができるかもしれぬが、生憎僕は京都府民の格好をした広島県民だ(京都に住んで4年になるが、住民票はまだ移していない)。だから、僕が乗っている電車と湖の間に障害となるものが多いと、琵琶湖を見ることができない。僕は今本当に琵琶湖を1周しているのだろうかと疑ってしまうほど、琵琶湖が見えない。空の色がどんどん黒くなってきて、雨のようなものが降り始めた。嫌な予感だ。と思った矢先、湖が見えた。終点の近江塩津駅に近い。ということは、これは琵琶湖の北端だ!と気分が高揚した。希望峰を発見したヴァスコ・ダ・ガマの気持ちが分かったような気がした。が、程なくして、それは琵琶湖ではなく、余呉湖だったと知らされる。琵琶湖の北に位置し、滋賀県の黒子(ホクロ)のようなポジションを担う余呉湖。そんなホクロ湖にテンションを上げていた自分のほんのちょっぴりだけ恥じた。


近江塩津駅は各線1時間に1本しか電車がやってこないけれど、電車を快適に乗り継げるよう、その1時間に1本の電車が同時に来るように整えられている。が僕の乗った電車はトラブルで30分ほど止まっていたため、雨のようなヒョウが降りしきるほど寒い地域の駅にある待合室で30分ほど耐えねばならんのだ。が、近江塩津駅は琵琶湖のちょうど北にあり、今でちょうど半周したことになる。あと半分。そう奮い立たせ、残りの半周の湖西線では琵琶湖の絶景が見られることを祈り、今はただひたすら寒気に耐うるのみである。

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