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長すぎる寄り道①(難波駅〜奈良駅)

僕は今、大阪を走る電車の座席に座って、この文章を書いている。どのような電車かというと、外見が黄緑色で、長い座席が電車の両側面で向かいあているような電車だ。10時30分に難波を出発し、天王寺を越えてどこかへ向かっている。どこに向かっているのかはよくはわからない。


なぜ僕がどこに向かうのかわからない電車に乗って文章を書いているのかを説明すると長くなるので、簡単に言うと、暇を持て余したからだ。もう少し言葉を付け加えると、昨日、梅田にて東京から来た知人と会う約束があり、京都から大阪へやってきた。そして今夜は梅田でGinger Rootのライブがある。いちいち京都(のしかも北の端の僻地)の自宅まで戻るのは非常に面倒がくさい。というわけで、大阪は難波で単身赴任者として暮らしている父の部屋で目を覚まし、夕方に梅田へたどり着くまで暇を持て余したというわけだ。


どうやって夕方までの時間をつぶすか、思案した。喫茶店やマクドナルドに入って作業をしていてもいいのだけれど、パソコンやスマホの充電器を京都に忘れてきたので、作業の寿命は長くない。個人経営の喫茶店で長時間粘り続けるのも気がまずい。そう考えながら思いついたのが、電車に乗ることだった。できるだけ遠回りをしながら難波から梅田まで向かってみようと。


と、ペンを走らせていると、窓から見える景色が徐々に変わってきた。都市特有の背の高いビルヂングは遠のき、山や川が見え始める。実際、川にかかった橋を渡り、山の中のトンネルを通っている。質素な佇まいの河内堅上という駅にも止まった。どうやら大阪の中心部からけっこう外れているらしい。いったい僕はどこへ向かっているのだろうと電車の行き先を見てみると、「王寺」と書いてある。王寺がどこにあるのかはよくわからんが、僕はこの電車に乗る時、「天王寺」が終点なのだと思っていた。電光掲示板側の何かしらの都合により「天」が表示できず、仕方なく「王寺」と表示しているのだろう。しかし、電車は天王寺を出ても走り続けた。当たり前だ。難波・今宮・新今宮・天王寺の4駅間のみを移動する電車がどこにあるというのだ。


窓から見える道路表示に「奈良」という文字が見え始めた。それで、僕は今奈良に近づいているらしいということがわかる。ずっと行きたいと思っていた奈良を思いがけず訪問できるとはなんとも愉快だ。王寺には思ったよりも早く到着した。ペンを走らせていると、乗客がゾロゾロと降り始めたので、終点にたどり着いたのだとわかる。難波を離れて約45分。ラリー・カールトンの「Lally Carlton」というアルバムを1周ほど聴けば大阪ー奈良間の移動はあっという間というわけだ。


対岸のホームに渡ってみれば、奈良駅が終点だという電車が来るというので、待っていると本当に奈良駅行きの電車がやってきた。それはそうだ。日本は電車が予定通りにやってくる。今日は超計画的に運行する電車を全く無計画に乗り回している。これといった目的もない。同じ車両に乗っている人間の中で、僕よりも計画を持たずして電車に乗っている人間はきっといない。


王寺から奈良駅へ向かう途中、法隆寺という駅に止まった。法隆寺というのは、かの聖徳太子が建立したと言われており、その五重塔は世界最古の建築としても名高い。もしかすると、車窓から法隆寺をひと目見ることができるかも知れぬという期待に胸を膨らませ、辺りを見まわして見たけれど、それらしき塔は全く見当たらなかった。法隆寺から離れた場所に法隆寺駅が作られているから塔が見えないのか、あるいは法隆寺というのは人知れず壊れてしまったから見えないのか、そのどちらかだ。たぶん前者だと思うが。


奈良駅に到着したらセントくんがいた。僕はセントくんが人気である理由がいまいちわからない。くまモンなどのご当地キャラクターとは違い、人間がモチーフとなっているので、妙にリアルでキャラクターの匂いがしない。しかも頭はでかいし、ツノは生えているし、そんなに可愛くない。そんな鹿人間を僕はあまり認めてはいないのだけれど、そうは言ってもセントくんは僕よりも知名度が高い。ここは嫌でも媚を売っておいた方が、後々得をするかもしれない。なので、というわけでもないが、僕は奈良駅にひとりたたずむセントくんに、「はじめまして」の挨拶を済ませたのであった。

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