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集団心理を利用する。

こんにちは。ナッツです。

文化祭の季節なので今日は、“みんな自分のこととして頑張らないとね”って話をします。

こうしてみるとエラく薄っぺらいですが、ちゃんと書きます。

今、文化祭シーズンなのですが、生徒たちのエンジンが点いてきました。

今の学校で僕が持つクラスは、責任の大きなことはなかなか一歩が出ない生徒が多いんです。

何をするにも、「これでいいのかな?」と考え込んでしまって一歩が出ない。

その生徒たちをどう攻略したかを歴史をヒントにしながらお話します。

ワイマール前夜って知ってますか?

かつて、ワイマールって国がありました。

今から100年ほど前です。名前だけでも聞いたことがあるかもしれません。

この国には、「ワイマール憲法」という有名な憲法があるのですが、この共和国誕生の際に作られたものです。

社会の授業でも習ったかもしれませんが、基本的人権とかがしっかりと明記された、わりと近代的な法律です。

国民主権

男女平等の普通選挙の承認

所有権の義務性

生存権の保障

などなど、近代の民主主義憲法の典型になっています。

そのような法律があると一見、民主的で理想的な国が誕生したと思いきや、内情はボロボロで実際のところは14年ほどしか続いていません。

そんなこんなで国としてダメダメなんですが、もう全然ダメって時に元軍人の売れない画家がポッと「俺が何とかしよう」と言って出てきます。

国自体が結構しんどい感じだったので国民も「この人なら何とかしてくれる」と思って、その人を祭り上げてしまうんです。

確かにその人も最初は結構良くて、国の景気も良くなって、周りの人も「この人に任せてよかった」ってなるんですが、そのあとどんどん変な方向に行ってしまいます。

戦争もしまくって結果的に国は大変なことになってしまったわけです。

はい、有名なヒトラーのことです。

▼自分で決め、自分で動く

この話でポイントなのは、民衆が「他人に任せてしまった」って部分です。

他人に任せてしまった結果、「この人ならやってくれる」と思考停止に陥ってしまい、自分のこととして考えなかったため、悪い方向に行っても「まあ何とかしてくれるか」となってズルズルおかしな方向に進んでしまったんです。

「権威への服従」とも言ったりします。

誰かすごい人がすべて決めて解決してくれるって考えは幻想であり、その人が優れた人であればもしかすると素晴らしい結果を残すかもしれませんが、最終的には破滅の道に行ってしまうことが多いです。

これって、僕たちの社会の中でも平気で起きそうなことですよね。

一見、民主的に見えて、民衆たちが選んだリーダーに任せきってしまうと、結果的に民主的な意思決定は起きにくくなってしまいます。

リーダーの調子が良いともしかしたらいい結果になることも考えられますが、調子が悪いと全員共倒れ。僕たちはついつい意思を持っているかのように見えて、無意識に服従してしまう。

実際の歴史を見る限りでも、ナチスは集団で破滅の道に進んでしまったわけなのですが、ナチスの人たちは全員人の命を虫けらのように扱うようなそこまでの冷酷さがあったのか?そんなわけないんです。

では、なぜこんな結果になったのか?

それは、「分業を徹底したから」なんです。

例えば、ナチスはたくさんの人を処刑しましたが、その行程は細分化されていて、処刑する人の名簿を作ったり、バスで護送したり、ボタンを押したり。

このようにして、分業することによって、責任転嫁しやすくなる。自分は名簿を作っただけ。自分は護送しただけ。といった具合です。

システム全体を分業化したことにより、システム全体の責任の所在をあいまいにすることができた。これは、ナチスの虐殺のリーダー的な存在であるアドルフ・アイヒマンという普通の人によって意図的にされたんです。

でも、これは扱い次第でポジティブな結果につなげることもできます。

ここからが本題なのですが、学校現場でもこのあたりの調整が結構大事でして。

先程冒頭でも言いましたが、余計な責任を負いたくない生徒が多いので、当然リーダーという存在が出ません。

そこで次の一手として思いつくのが「分業制」なのですが、これを何も考えずに安易にしないほうが良い。

確かに責任が曖昧になって心理的なハードルが下がるから活動量は増えるんです。

でも落とし穴として、責任の所在がないから指示を受ければやるんだけど、自分からは動かないので、全体の地図を描いてすすめる人が現れにくい。

何も考えずに「とりあえずグループに別れましょう」とやってしまうと責任が発生しにくくなるし、逆に、1人や少数の人に任せてしまうと何も考えずにただ権威に服従するだけの集団になってしまう。

教育の目標は、自分で考えて、決めて、行動する人間に育てることだと思っています。まだ、それができていないうちは、こうして補助をすることも大事だと思いますが、それぞれにデメリットや副作用が発生してしまう。

集団を動かすことは難しいかもしれませんが、結構過去の歴史にヒントがあるので、頭に入れながら活用すると失敗を防ぐことができると思います。

一方で、大人である僕たちは、集団でいても結局は1人1人が責任感を持って頑張らないと破滅の道にいってしまうよね、という怖い結論になります。

奥深いですね。

以上でーす!

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