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#ブックカバーチャレンジ 2日目 Day2 #BookCoverChallenge

#ブックカバーチャレンジ #BookCoverChallenge 【自分ルール10日間】
2日目 Day2
『東京、はじまる』 門井慶喜 文藝春秋

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 初対面の人と話す時、また初めて入る飲み屋の会話の中で「ご出身はどちら」という話になることは珍しくない。この場合の多くは地方か都道府県を答えることになる。自分の場合は「東京生まれ東京育ちです」となる。また、祖父母の代から東京に在住しているため、年末年始やお盆の時期に「田舎はどちら」と聞かれても、「東京です」と答えることになる。こう答えると、会話のつなぎとして「シティボーイだね」「江戸っ子なんだ」という返答をいただくことも珍しくない。しかし、自分の場合は東京と言っても郊外にあたる多摩地区出身であり、江戸っ子ではなく武蔵野っ子ということになる。
 こうした話を別に嫌がっているわけではなく、また地方出身であれば東京の細かい地域など知ったことではないので仕方ないとも思っている。しかし「東京=都会」という漠然とした印象を持っている相手には、何か期待されたものを提供できなかったような気恥ずかしさというか、バツの悪さを感じることもある。また「上京」という地方出身者がもつ人生の区切り、転換点を持てなかったことに関しては残念に感じることもある。一方で家が郊外であったとはいえ、遊びや仕事に行く場所はやはり都心部であり、東京という慣れ親しんだ街には思い入れが深く「東京生まれ東京育ち」と胸を張って言いたい気持ちも存在する。
 以前、新宿のとある自費出版系写真集を取り扱っている店舗に足を運んだ際、「東京」を題材にした写真集が飛び抜けて多かったことに驚いた記憶がある。都内の店であることや森山大道など巨匠の影響があることも理由にはなるだろうが、それだけ街としての魅力があるとも言えるだろう。個人的には、東京という街の面白さの一つは「過密さ」にあると思っている。駅間約3分ほどの山手線の各駅が、それぞれ強い個性を持った「街」として成立していることなどが象徴的だろう。そうした東京という街の成り立ちの一端を感じられるのが本書である。
 江戸・東京という街には、その様子を大きく変える歴史的転換点が幾つか存在する。始まりは関東に存在するただの湿地帯であった江戸を開拓し、街を築いた徳川家康の開幕である。そしてその次が、幕末によって300年の江戸時代が終わりを告げる明治維新だろう。本書はその「江戸から東京へ」の変革の大きな部分を担った建築家・辰野金吾の評伝小説となっている。辰野という人物を簡単に紹介すれば、東京駅丸の内庁舎や日本銀行本店などの建物を設計した人であり、本書でもその時の様子が描かれている。
 先程、東京の魅力は「過密さ」にあると感じていることに触れたが、その「過密さ」の出発点を築いたのが辰野だとも言える。作中冒頭、日本における西洋風建築の先駆けである鹿鳴館に上った辰野は、眼下の外桜田、麹町、永田町を見下ろし「空箱だ」と切り捨てる。まだ「江戸」であった東京の中心地は、大名屋敷も道も横幅を必要以上に広く使い、隙間だらけであった。もちろんこれは度重なる大火に見舞われた江戸の街が、延焼を防ぐための工夫でもある。しかし、欧州の「密」な街の視察を終えた辰野の目から見れば、江戸の街はあまりに「疎」だったのである。さらに辰野は「なぜ空を使わぬ」と複数階層を持つ建築物の必要性を感じる。これは「疎」から「密」へ、の方針の変更であると同時に、垂直方向、すなわち2次元から3次元への都市設計の変更であったのである。
 コロナウィルス騒動が世界中で取り沙汰されている現在では、「密」であることを避けることが感染を防ぐために必要とされている。しかし人が物理的距離で密に集まることは、文化や経済活動において大きな意味を持つ。特に現在ほど交通や通信が発達していない時代であれば尚更である。辰野は「近代とは都市への人口の集積」であると考え「人が集まる東京を作る」ことを目指す。
 結果として、辰野が設計した建築の多くは西欧における古典・様式主義的なものだった。自分は歴史小説にも建築にもあまり詳しくはない。しかし仕事の関係で本書の著者が手がけた『家康、江戸を建てる』(祥伝社)を以前読む機会があった。その時に「都市設計と建築」に焦点を当てた著者の視点に感銘を受けたのを覚えている。江戸・東京という街の歴史的転換点を考えれば、本書はこの『家康、江戸を建てる』の正統な続編と言うこともできるだろう。なお個人的には、「江戸開幕」「明治維新」に続く大きな歴史的転換点は「敗戦」だと感じている。江戸・東京という街は、日本という国家の政治体制が変わる度、同時にその様相を大きく変えて来たのではないだろうか。もしこの著者が「江戸・東京シリーズ」の3作目として、東京という街の敗戦と復興を描くのであれば、ぜひとも読んでみたい限りである。

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