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どうしてデザイナーでいたいの?

年末年始の休暇、9日間。
ゴロゴロして過ごすにはあまりに長すぎるな、と思ったわたしはアルバイトをすることにしました(副業OKの会社でよかった)。
なんとなく普段とは違うことをしてみたくて、選んだのがホテルのレストランのホール。料理を下げ、注文を聞き…はあ〜毎日こうして身体を動かして働いてる人、尊敬する。わたし明日絶対に筋肉痛だ。というかすでに靴擦れしてる。痛い。
そうやってめまぐるしいほどの忙しさの中働いているうちに、ふとひとつの疑問が頭に浮かびました。

どうしてわたし、デザイナーしてるんだろう?

もし何かが違えば、こうしてホテルのレストランで毎日働く未来だってあったはずです。なんなら、いますぐデザイナーをやめてそうすることもできるはず。でも、わたしはデザイナーでいたいな、と漠然と思いました。
それはどうしてなんだろう?
今日まで、ぼや〜っと考えてはいたのですがきちんと時間を取って文字にしてみてもいいのかもしれないな、と思い、ちょっと書いてみることにしました。

なんとなく感じていた「好き」

小さい頃、新聞に挟まってくるチラシをよく眺めていました。
『文字の形が全部同じだ。でもここだけ文字の形も大きさも違うな、見出しだけは変えてるんだ。一番安い商品は赤い文字になってる。線が引いてあるわけでもないのに、ぴったり左揃えになってる。商品の大きさはだいたい同じ。』
……当時なんとなく思っていたことを言語化するならきっとこんな感じで、何に魅力を感じていたのかというとそれは、デザインの規則性の美しさなのだと思います。
本棚に並ぶ本を作者順に並べるような、机の上のリモコン類はまっすぐ並べて置くような、わたしは一見決まりのないように見えるものに隠れている規則性がとても好きで、チラシでもポスターでも、デザインにはそれがたくさんあることを漠然と感じていました。

なにに喜びを感じるのか

仕事をしつつ、まわりの人を幸せにしなければ、とよく思います。
もしわたしに手伝えることがあるなら、いま居る環境を良くしてあげたい。人の良いところを見つけたい。困っていることがあれば助けになりたい。
特にそれが好きで積極的にやりたい!というわけでもないし、なんかこんなこと考えてるわたしって偽善者なのでは?と考えたりもするのですが、やっぱり助けてあげて喜んでもらえるとわたしも嬉しい。過程がちょっと苦しくても笑ってもらえたらその辛ささえ吹き飛ぶ。
自分が何かしたいからする、というよりは、誰かのために、という気持ちが原動力になっている気がします。
きっとそれがわたしの働く上での喜びなのだと思います。

「デザインは他者支援」

専門学校時代の校長が言っていた言葉です。正直、それに続く文章は忘れてしまったのですが(一番大事なところなのでは…)、このフレーズが心の中に残っているので、自分の考えもプラスして勝手に解釈することにしました。

デザインは、人を助けるための手段。
「この商品、どうやって売ったら良いんだろう?」「このサービスの良さってどう伝えたら良いんだろう?」「自分をアピールしたいけど、どうしたらいいんだろう?」
言葉だけでは説明できない・表現できないものをビジュアライズして、より相手が受け取りやすくことで、その人・企業の問題を解決してあげられる。
デザインのそんなところにわたしは魅力を感じているのだと思います。

モットーが決まった

どこかしらに規則性が感じられるものがすきで、誰かのことを助けたいマンで、デザインでそれが実現できるから、わたしはデザイナーでいたいみたいです。
読んでいるみなさんが腑に落ちたかは置いておいて、自分では腑に落ちたので、そういうことで。

ここまで考えると、自分にとってのデザインとは何か?も改めて明確になったので、今までもまあそうだったのですが、今後も常に「デザインは人を助けるための手段である」を意識して、お仕事していきたいなあ。わたしがデザイナーである以上、そこはブレないようにいきたいなあ。ブレそうになったら、このnoteを読み返そう、と思いました。

おーわり(終わり方がわからない)

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ありがますすす
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web運用型広告デザイナー。ねこと暮らしていて、大食いに興味があります。
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