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トランプと黒人社会の戦争が始まる〜ヒューマン・バラク・オバマ第13回

■人間としてのバラク・オバマと、彼がアメリカに与えた影響を描く連載■

 今回の大統領選で投票した黒人女性のうち、トランプに票を投じたのはわずか「4%」だった。黒人女性たちは歴史・経験・知性・本能によってトランプを回避しようとした。その願いもむなしくトランプが大統領となった今、黒人社会は今後4年間の在り方を模索し始めている。


■アメリカの大虐殺

 トランプの就任演説は日本語訳もなされたが、アメリカ社会の背景抜きでは伝わり切らない部分がある。

 「都市の中心部(インナーシティ)では母親と子供たちが、貧困に囚われている」

 「インナーシティ」とは都市部のゲトーを指す。住人の多くは黒人とラティーノ。「母親と子供たち」はそこで圧倒的多数を占める貧しいシングルマザー家庭を指す。

 「犯罪とギャングと麻薬があまりにも多くの命を奪い」「このアメリカの大虐殺は正にここで今、終わる」

 同じ段落の中で工業が衰退して貧困化した中西部のラストベルト地帯にも言及しているが、大筋では黒人ゲトーの犯罪を示唆し、それを「アメリカの大虐殺」と言い表している。


■シカゴに連邦軍を!

 1月24日にトランプは以下のツイートをした。

 「シカゴが酷い “大虐殺” が続いているのを止めないのであれば、2017年に228件の発砲事件で42人死亡(2016年から24%増加)、オレは連邦軍を送り込むぞ!」

 相変わらずのぎこちない文章で「!」付きであることはさておき、メディアはさっそく「トランプがシカゴに連邦介入と脅す」の見出しで報じている。

 アメリカ第3の都市であるシカゴは近年、犯罪の悪化に苦しんでいる。ミシェル・オバマの出身地で、若き日のバラク・オバマが地域奉仕家として働いたサウスサイドと呼ばれる地区も含め、大きな黒人インナーシティがあり、そこが手に負えない状況となっている。

 トランプ当選後の昨年12月、トランプの強硬な移民政策を危惧した全米14都市の市長が連名で手紙を書き、シカゴのラーム・エマニュエル市長が代表としてニューヨークのトランプタワーまで届けた。その際、市長はシカゴの状況についても説明した。

 こうした経緯があるにもかかわらず大統領が一市長に対してツイッターで軍隊を送ると唐突に脅迫したのである。ちなみにトランプがいきなりシカゴの件をツイートしたのは、昨日フォックスニュースがシカゴの犯罪率アップを報じた直後。相変わらずの衝動性である。


■ブラック・ライブズ・マター壊滅策

 ホワイトハウスの公式ウェブサイトはトランプの就任と同時にすべて書き換えられた。

 「我らの法執行機関のために立ち上がる」と題されたページに「米国のアンチ警察の空気は危険であり、間違っている。トランプ政権はこれを終らせる」とある。黒人への警察暴力に対抗するために起こったブラック・ライブス・マター運動を指しているのは明らかだ。「トランプ政権は法と秩序(警察が取り締り、法で裁く)の政権となる」ともあり、アンチ警察運動を厳しく取り締まることを示唆している。

 トランプが司法長官に指名したジェフ・セッションズ(現アラバマ州選出上院議員)は人種差別主義者として知られる人物だ。1986年、レーガン政権下で連邦判事に指名された際、Nワードを使った、KKKについてのジョークを発したなど数々の問題発言が公聴会で証言され、非常に稀な指名却下となった経緯を持つ。

 オバマ政権下の二人の司法長官、エリック・ホールダーとロレッタ・リンチは共に黒人への警察暴力問題と闘ったが、セッションズが司法長官になれば全く異なる道行きとなる。


■バラク・オバマへの恨み

 残念ながらシカゴ市民とエマニュエル市長はイバラの道を行くこととなるだろう。

 まずトランプ自身が大変な人種差別主義者である。すでに何度か書いたことだが、1989年にニューヨークのセントラルパークで若いエリート白人女性がレイプの上、瀕死の重傷を負わされ、ハーレムの5人の少年が誤認逮捕される事件があった。この時、トランプは自費で新聞に「ニューヨークは死刑を復活すべし」との一面広告を出した。全員が未成年、最年少14歳に対しての死刑である。また、トランプは経営するアパートに黒人の入居を拒んだこと、カジノの黒人従業員への差別対応などで何度も訴訟を起こされている。

 以下は筆者の主観だが、トランプは執拗な人間だ。「オバマはアフリカ生まれでイスラム教徒」と何年も言い続け、ついに自身も招待されたホワイトハウスの晩餐会でオバマ大統領から大きなしっぺ返しを衆人環視、テレビ中継もなされていた場で喰らった。トランプはこの時の恨みを一生忘れないだろう。

 シカゴはオバマ夫妻の故郷である。市長のラーム・エマニュエルはオバマ政権の初代大統領首席補佐官であり、個人的にもオバマ前大統領の親しい友人だ。トランプはシカゴを徹底的に攻撃し続けるであろう。

 シカゴだけでなく、全米で司法から黒人社会への強硬策、抑圧が善しとされる空気が生まれ、警察暴力が増え、これまで以上に人が死ぬだろう。しかし警官は起訴されず、無罪放免となり、警察と黒人コミュニティの関係はさらに悪化するだろう。子供を持つ母親たち、夫や恋人を持つ女性たちの直感は正しかった。女性たちは闘い続けていかねばならないのである。

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