にゃむ@Image Creation LABO
人間がろくでもないことを考える時に欠けているのは常に「目的」だけだ
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人間がろくでもないことを考える時に欠けているのは常に「目的」だけだ

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 身を滅ぼすようなことも、人様に迷惑をかけるようなことも、出来ること自体がろくでもない。

 ろくでもない、その意味が「役立たず」ってことなんだが、誰にとって、何にとって役立たずなのかは、今いる場所で「言われたことしかやらない」とか「言われたこともやろうとしない」にもかかわらず、「余計なことして自分の首を絞めたり、人に迷惑をかけたりすること」を平気で出来る人間のことをろくでなしという。

 ここ数年で、「承認欲求」という言葉が世間に浸透したように感じられるけれども、何それ。認めてもらいたい欲求って、何?

 人がさ、認めてもらいたいが故にやることって、ろくでもねーことばっかりじゃんね。そこに自分の意思はない。同時に、目的のためではなく、承認欲求を満たすためだけのものでしかない。

 勘違いしてんじゃないよまったく・・・。そうそう簡単に人が自分のことを認めてくれるなんていう期待なんか、始めから抱くべきじゃない。なんでかって、認めてもらえたという実感が得られない以上、当初抱いていた「自分に対する期待」に自分が応えることができず、簡単に諦めてしまうからだ。

 認めてもらえなければ頑張れないっていう人は、たぶん何やっても長続きはしないよね。中にはさ、これくらい頑張れば認めてもらえるだろうなんていう甘々な基準しか持ってない人もいるでしょう?「こんなに頑張ってんのになんでだ!!」って。

 人から認めてもらえる時って、どういうわけか、自分自身が持っている力量の限界を無意識に突破していた瞬間なんじゃないかなって思う。その瞬間がいつかなんて自分にはわからないことのほうが多い気がする。

 だからさ、自分が「こうなりたい」とか「こう在りたい」っていう理想を描くのであれば、それを達成するに足る目的が必要で、一番大事なのは「その目的に向かうまでのプロセス(過程)をどう組み立てるか」ってことだと思うんだよね。

 その過程において、認めてもらおうなんて言う浅はかな願望があると、ちょっとしたミスや失敗で、自分で自分の力量をこんなもんだと勝手に決め付けてそれ以上頑張れなくなる。

 基本的に「相手次第」で自分の考え方や行動を変える人間は、自ら選んだ環境に「自分のことを認めてくれる人間がいない」となると、それを言い訳に逃げたり、文句ばっかり垂れたりするようになる。他人がどうだろうが目的のためにやることとか考えるべきことなんか少しも関係ないだろう??

 じゃあさ、「お前には才能がないからやめちゃえば??」って言われたら辞めるのか?って話。まぁ、そういうことを言う人間もどうかとは思うけれども、言われて本当に辞めるヤツはどこに行っても、そうやって言われる度に辞める。逃げる。非常に可哀そうな人たちだと思う。

 ただね、どこに行ってもそういうクソみたいなことを言う人間がいるものだという前提認識があれば、その上で自分はどんな人間で在りたいかと考えることができるんだと思うんだよね。人のことを見下したり貶したりバカにしたりすること自体には目的なんかない。そうではなく、人の頑張りや努力そのものを認めてやれるようになったら、いろんな人から学びを得られるようになると思わない?

 結果が全てだという社会で生きるにしても、結果に足るまでのプロセスがあってこそ結果に結びつくわけだから、結果だけしか判断の材料にできない人間は、人望薄いよね。

 確かに、「オレは頑張りました!!でもできませんでした!!」は通らないでしょ。その上さ、承認欲求だけが膨張すると、頑張り方を変えたら??って話になるよね、どうしたって。大体ね、自分の口から頑張りましたができませんでしたなんて言うヤツは、大抵の場合、言うほど頑張ってなんかいない。

 口先だけで人からの見方を変えようなんて甘いでしょう。言葉の影響力は、自身が心から認めた人からの言葉と、そうではない人からの言葉とでは雲泥の差がある。でもさ、いちいち言葉一つ一つを自分の影響力を行使するために選ぶのだとしたら、それはたぶん、、、言いたいだけってことになる(笑)実態が伴っていなければなお一層説得力に欠けてしまう。

 取って付けたような言葉を言って恥をかいていることに気付いていない人の姿は、見ていて本当に残念に思う。でも、言うことすらできな人よりは全然マシじゃないかね。ビッグマウスを笑う人は多いけれども、有言実行こそ正義で、できなければ悪みたいな極端なことを言う人は、大口は叩かないよね。

 目的に対して、事前にどれだけの覚悟があるのか、それは物事の過程に反映されるものじゃないかね?結果はどうあれ、本人の覚悟が結果に至るまでのプロセスに反映されていないのなら、目的とは別の、その場の承認欲求を満たしたいがための言葉だったりする。

 人から認めてもらうことを目的にしている以上、その頑張りが結果に反映されることはないと思っておいたほうがいい。言われたことが全てではないのはお互い様だ。おだてられて調子こくのも、見下されて落ち込むのも、他人がどうあれ自分がそれらの言葉をどう捉えるかにかかってるんじゃないかね。

 いちいち腹を立てるな、いちいち落ち込むな、目的のために頑張れている自分を自分が認めてやれ。それを継続していくことで、いずれ誰かは認めてくれると信じることが何より大事。目先の承認欲求を満たすためだけに生きるんじゃないぞ、わかったか?

※何様じゃいっ!!wwww


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