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30歳、長崎市にIターン移住した

「長崎に実家が増えるのってどう思う?」
「めっちゃいい」
当時まだお付き合いしていた夫からこう言われたのが2020年12月。
付き合って半年の夫に案内され、はじめて足を踏み入れた長崎市の夜道でプチプロポーズを受けた。

それから3年たった2023年3月、おっきなお腹を抱えた私と夫は東京を離れ、長崎市に移住した。
夫にとっては地元に戻るUターン移住。私にとっては円も縁もないIターン移住。でも、我が家の場合、長崎移住を提案したのは私からだった。


移住のきっかけは出産と子育てだった

きっかけは、妊娠・出産とその先の未来予想図を想像したとき。
東京で出会った私達は順調なお付き合いの末に結婚し、子どもが欲しいねとなんとなく話をしていた。既にふたりとも30代。将来のキャリア、育児に向けられる体力、いろいろな事を踏まえてもできるだけ早く出産して仕事に戻ることがいいように思えた。
勤め先の先輩方は、たいてい実家(とっても関東圏)で里帰り出産し、育休期間を過ごした後、保育園にいれて夜遅くまでバリバリ働いている。私も同じような流れで復帰して働くのかしら。ふわっと想像してみた。

私の場合、出産前後を過ごす場所の候補は3つあった。

候補は3ヶ所

候補1:愛知県

1つは私の実家がある愛知県。
たしかに、両親はいるし、実家は田舎で広いので部屋も余っている。
でも、隣町までいかないと産婦人科はないし、車が必須の地域。両親はまだ現役で働いており、平日は遅くまで仕事をしている。
東京で暮らす私と夫はペーパードライバー。最寄り駅は、自転車で30分かかり、正直地元にいるときから使ったことがない。最寄りのバス停までは、徒歩15分。車を持たず、自転車に乗らないなら一番現実的な手段ではあるものの、バスの本数も年々減っており、なおかつバス通りは混雑するため、なかなか目的地には辿り着けない。
タクシーだって、自宅の周りは走ってはいないから、名古屋市から呼ばれてやってくる。もしも実家で一人のときに産気づいたらどのくらいの時間できてくれるのだろうか。
平日日中に両親もおらず、日用品の買い出しも自分では行けない場所で過ごすことは、世間でいうほど魅力的な状況には思えなかった。

候補2:東京都

次の候補は、東京で出産すること。
お互いの両親は働いているため、出産に合わせて手伝いに来てくれることはないため、二人きりで妊娠・出産を乗り越える形になる。日頃の買い出しなどは幸い、徒歩で対応できる場所に住んでいるので、夫と分担して対応する。23区内だし、その他必要な外出はタクシーや電車を使い分ければ移動もできる。夫は激務だが、完全在宅ワーク。基本ワンオペにはなるものの、家庭のことには積極的なタイプなので、乗り越えられるだろう。
実家で産後を過ごす場合のようなマイナスはないけれど、プラスもない選択肢だった。

東京での妊娠出産に関して心配な点は、家庭や日頃の買い出しなどの生活面とはまた少し違うところにあった。
出産数に対して産婦人科が足りていない現状は、東京も例外ではない。出産件数に対して分娩施設が限られているため、人気の産婦人科は妊娠に気づいてすぐに分娩予約(!)をしないとそもそも産ませてもらえない。ドラマで見るような「なんだか最近気吐き気が止まらなくて」「あらやだそれおめでたよ」なんて言っているタイミングでは、恐ろしいことに分娩予約は埋まっている。実際に最寄りの産婦人科の予約状況を確認すると、妊娠検査薬が反応しはじめるごくごく初期、つわりすら気づくかどうかのタイミングから「キャンセル待ち」の文字が踊っていた。事前に目星をつけ、適切に妊活をし、いまかいまかと妊娠検査薬を使ったような人たちがこの予約枠を勝ち取ったのだろう。
産婦人科の次は、小児科の受診予約、次は習い事。東京は何でもいくらでもあるようにみえて、評判の良いところはいつも人が集中しているため、容易にアクセスできない。
何事も計画的に下調べをして万全の体制で迎えること、情報戦に勝利しつづけることが東京で幸せに生きるコツだ。
妊娠・出産・子育てはどれも未知数なことばかりだ。不確かな係数ばかりのできごとに対して、計画的であり続けなければいけない状況に飛び込むことに、私は気後れした。

候補3:長崎県

最後の候補が、夫の地元の長崎。
夫の実家自体は、長崎県長崎市の郊外にあり、各種条件は私の実家とほとんど同じ環境だった。
ふと、思い出したのは夫にプチプロポーズをうけた長崎市中心部。大きなアーケード付きの商店街にスーパーもドラッグストアもなんならカルディやカフェ、飲食店、地元のデパートまである。雨の日も徒歩で買い物ができ、路面電車が市内の主な交通手段で、都内の電車と遜色ない頻度で走っている。ホームに行くまで階段の上り下りもほとんど必要ない。海や山も近い。
不動産業に努めている私は当時、「住みやすい街だね。」と心からの驚きを夫に伝えたことを思い出した。検索すると分娩している産婦人科がある。NICUがある病院も複数ある。小児科もある。内科も皮膚科もなんでもあった。
……もしかして、もしかして、長崎市で産むのって便利でいいんじゃないか。

保育園・産後の働き方問題

東京だと、出産前と同じ形で働き続けられないかもしれない・・・

実は我が家の場合、産んだ後の仕事復帰についても悩みがあった。
私は、都内の企業で総合職として不動産業界で働いている。職業柄、土日の休日出勤も常態化しており、実質週6勤務。深夜に及ぶ残業で終電を逃しタクシー帰宅したことはこれまで数えられないほどあった。子持ちの女性社員が22時頃まで仕事している姿も、時短勤務の先輩が走って退社する姿も何年も見てきた。
どの先輩も夫や各実家と協力しあい、保育園のお迎え・呼び出しに対応しながら働いていた。みんな首都圏出身で、実家が首都圏にある先輩たちだった。
我が家の場合、それぞれの実家は地方にあるため、急なお迎えと大事な仕事が重なった時も頼ることができない。夫は在宅勤務であるもののフリーランスで働いている。多くの時間をZoomなどでお客様と繋いでおり、仕事も連日22時を過ぎることが多かった。合間を縫ってお迎えに行ってもらえても、その後は自分の仕事に戻らなければならないので、帰宅した子どもを見ていることはできない。必然的に私も対応しなければならないが、前述の通りの働き方が求められる職場では、いつか限界がくることは想像できた。表立っては誰も言わないが、私の勤め先では慢性的な人手不足という言い訳のもと、大して仕事は減らしてもらえないので、帰宅後もパソコンを叩いてなんとかしている。子どもが寝た後とか。

東京では保育園にすら入れない?

もうひとつ、保育園入園にそもそも課題があることがわかった。
ご多分に漏れず、自宅がある23区内の地域も保育園は十分とは言い難い状況だった。
そもそも、保育園という施設には、両親がなんらかの事情により「保育に欠けていること」を補うための施設という大前提がある。それは、両親が共働きで家に誰もいなくなるとか、病気療養のため子どもを見れる状態ではないとか、理由は様々だが、「より保育に欠けている」子どもから優先的に入れるようになっている。
各自治体によって多少違いはあるもののたいていは、条件に応じて細かく点数化されており、点数順に入園が決まる。
大袈裟な言い方をすれば、「①シングルで子育てをしており、②近隣に祖父母が住んでおらず、③収入が極端に低く昼夜働かないければ立ち行かない家庭」の子どもは保育園に入れる可能性が限りなく高い。
共働き家庭の場合、就労が原因で保育に欠けているとして、保育園の利用申請をする。そして、23区のような場所は、共働き家庭が非常に多い。就労を原因として申請する場合、「両親が週40時間働いていること」(つまりフルタイム)が自治体の点数表上の満点にあたる。結果的に満点スタートの家庭ばかりで、そこからいかに加点をつけて、希望する条件の保育園にいれるかの勝負だ。そんな状態のため、激戦区では保育園に入れるだけでラッキー。会社の先輩も兄弟で同じ保育園に入園できず、毎日二つの保育園をはしごしてお迎えに行っていた。
もう一つ、子どもの生まれ月も保育園の入園難易度に大きく関わっているが、ここでは割愛する。仕事復帰を考えて何月に生まれるかを計算して妊活している人は少なくないことだけ、知っておいてほしい。

ここで思い出してほしいのが、我が家は夫が完全在宅ワークの自営業だ。当時、だいたい朝10時から22時くらいまで、週6日働いていた。満点スタートになるには2人して十分すぎるほど働いていたが、夫は会社員ではないため、勤務実態を証明してくれる第三者がいない。
自治体のホームページをみると「自営業の場合には、その勤務実態が証明できる書類が必要であり、自治体側が勤務に当たると判断できない場合にはマイナス◯点」とご丁寧に注釈まであった。お客様とZoomで接続している時間は提示することができるが、それ以外の事務作業をしている時間に関しては客観的な証明手段がなかった。収入は安定しているため、低所得で加点を加えることもできない。満点スタートでなければ、保育園に入れるか怪しい。
なんということだ。私はそもそも仕事復帰すら怪しいのか?
まさか、東京で子持ちの女がバリキャリを続けるための条件が、自分のやる気でもスキルでもなく、首都圏に実家があることと会社員の夫を持つことだとは。自分自身に理由がない分、余計に悔しかった。

働くことは大好きだ。何度か泣いたこともあるし、働きすぎて、慢性的な頭痛や目元がピクピクして止まらなくなったり、眠れなくなったりしたこともある。それでも節目ごとに達成感を覚え、プライドを持って楽しく働いていた。好きだ。

でも、仕事のために子どもを持つことを最初から諦める選択肢はとれなかった。

働き続けるには、長崎に行くのがベストでは?

東京での今後の生活に暗雲が立ち込めているなか、気を紛らわせるつもりで長崎市の保育園の空き状況を調べてみた。
……空いてる。年度も後半に差し掛かっているのに複数の保育園で空きがある!!
しかも長崎市の場合、市内中心部ではオフィス街と住宅、保育園が近接させることができる。うまく組み合わせれば通勤も保育園もすべて徒歩圏内で完結させることも可能だ。例えるなら、丸の内や新宿に自宅も保育園もそろっているような感覚だ。
当初、子どもができたら育休期間を長崎で過ごすのもありかなと思っていたところから、子どもができたら長崎市に移住する頭に一気に傾いた。

結果的に、長崎移住は大正解だった

ここまで調べて私は、意を決して夫に長崎移住について話をしてみた。
子どもができたら、長崎市内へ移住。子どもに恵まれなかったらそのまま都内で現在と変わらない生活を送るという条件。
移住する場合、私の仕事はフルテレワークへの切替、もしくは同業界での転職を念頭に入れていた。マイナーだが資格職、人手不足業界なので給料は落ちても転職先はある算段だ。
夫は長崎市が大好きだったし、在宅ワークなので住む場所に左右されない仕事だったこともあり、快諾してくれた。
その後、ありがたいことにこどもに恵まれ、実際に移住した。

長崎に移住して現在1年半が経過するが、長崎に移ってきてよかったと心から実感するばかりだ。結果として、事前の予想以上に移住して良かったと思える発見も多々あり、大満足の移住になった。

改めて、妊娠前からここまでじっくり先々の事を考えていて本当に良かった。将来の姿を明確化しないまま、子どもに恵まれても、保育園に落ちて仕事に戻れず退職していたら、先の見えない状況に押しつぶされていたと思う。移住は極端にしても、ライフステージの大きな転換点であるので、世の女性陣・男性陣は、一度じっくりこの辺りを調べて、考えてみる機会を持ってほしいと思う。後悔してほしくない。

今回は、移住について考えた過程を紹介したため、一番大きな理由である出産・子育てに関することを中心に取り上げた。実際には、この他にも生活コストや、災害リスクなど複数の条件を比較して移住の最終決定している。

今後は、詳細を省いたその他の移住検討時の比較材料や実際に住んでみて感じた長崎市の魅力、保育園事情、いわゆる保活など、それぞれ記事にしていけたらと考えている。少しでもたくさんの方にとって有益な情報発信になりますように。

最後に、写真は長崎市に移住して2週間後くらいに撮影した桜と路面電車の写真です。季節の移ろいが感じられるお気に入りの場所です。

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