お兄ちゃん、夜はちゃんと寝た方がいいよ
お兄ちゃん、まだ起きてるの?
ダメだよ。夜はちゃんと寝ないと健康に悪いんだよ。え? わたしはいいんだよ。別に何時まで起きてたって。学校行ってないし……朝も昼も部屋で寝てたっていいんだもん。えへへっ。
うーん、学校のことはもういいじゃん。あんなところ。変だよ。みんな子供だよ、子供。わがままなお猿さん。あんなやつら、わたしのとっておきのドレスを見せるに値しないから。お兄ちゃんはいくらでも見ていいよ。むしろ見てよ。ほら、スカートがひらひらでしょ。パニエで膨らんでふわっと広がるの。きれい?
ダメだよ。お兄ちゃんでも、お洋服に触ったらダメ。約束だよ。そんなことより早く寝なさい。お月さまが出ているうちに眠ったほうがいいよ。太陽は、イヤだから。眠ってくれるなら、ちょっとだけわたしのリボンさわってもいいよ。特別。
太陽ってなんであんなに暑いんだろ? バカみたいだよね。明るければいいって、なんでも許されるって思ってる。教室の男子たちみたい! 静寂の美しさとか知らないまま死んでいくんだよ。哀れだね〜。その点、月は冷たくて優しい。こうしてわたしたちが夜更かしして喋っていても、見て見ぬフリしてくれる。好き。
だよね? お兄ちゃん。
これが朝だとダメだね。あいつらはすぐ人にチクるから。わたしとお兄ちゃんが一緒にいること、すぐお父さんとお母さんにバラしちゃうよ。そんなのヤだから。
あ、そういえば新しい蝶々の標本を手に入れたんだよ。インターネットをいっぱい探し回ったんだから。わたし、インターネット得意かも。えへへ。見てよ。
青と緑の翅が綺麗でしょ。
ペリクレスアオネアゲハって言うの。アゲハだからモルフォ蝶みたいに大っきくはないかな。でも、こじんまりしたこの翅でヒラヒラ飛んでいると、なんだか「色」だけが舞っているみたいで幻想的なんだよ。あはっ。わたしみたいだよね。ほらっ、スカート持ち上げてくるって回ったら。どう? 蝶々みたいかな?
……なんて、お話はおしまい! わたしは、お兄ちゃんを寝かしに来たんだから。役目を全うしないと! ほら、はやくベッドに入りなさ〜い!! お薬飲むならお水持ってくるから。さ、横になりなよ。
だいじょうぶだよ。お兄ちゃん眠るまで隣に座ってるから。うん。蝶々を眺めてるよ。角度によって緑色っぽくも見えるの。ぜんぜん飽きない。きれいだよ。
なんでそんなにって……うーん、いっしょに川に行った時に、お兄ちゃんが捕まえてくれたじゃん。あれはモンシロチョウだったかな。それが嬉しくて。お兄ちゃん捕まえてくれたけど、カゴに閉じ込めたらとっても悲しくなったから、すぐに蓋を開けてあげたら、そのままヒラヒラ空に向かって飛んでいったよね。やっぱり蝶々って翅をはためかせてこそだなって感じたね!
せっかく捕まえたのに逃したから怒ってるかもって怖かったけど、お兄ちゃんは「優しいね」って褒めてくれて。それも嬉しかったなぁ。
あはっ。お兄ちゃんもう眠そう。いいよ、そのまま月が照らしているうちに寝ちゃいな。
……お兄ちゃん、わたしいつか学校行くね。真っ黒なドレスを脱いで、パニエも外して、教室に合わせた地味なワンピースで行くの。できるだけ目立たないようにする。いいの。あいつらは、わたしが家ではこんなに黒い蝶々みたいにスカートを広げて何より綺麗なこと知らないままにさせる。お兄ちゃんとわたしだけが知っていればいいの。
お兄ちゃん、おやすみ。だいすき。
朝になったらわたしは眠っているから、また夜になったら起こしてね。わたしは夜もずっと起きているけど、お兄ちゃんは外に出られる人だから。だから、夜はちゃんと寝た方がいいよ。
おやすみなさい、お兄ちゃん。