見出し画像

聖夜の不安

 聖なる夜、クリスマスでした。
 さて、そんなこととは関係がなく、いま僕は隔週月曜日に新作のシナリオを一定量提出し続けている。休んだことは一度たりともなく、今回に至っては途中で一週間手術で入院したうえで術後も38度の熱に襲われ(今も!)、さらには年末ムードであるにも関わらず。えらい! みなさんももっと褒めてくださいね。
 なんでそんなに頑張らねばならないか、という疑問へ答えると、「集団制作に置いてその作品で最も表現したいものがある人間」、要するに今回も企画・シナリオ・総監修の立場だから。何年も何十・何百もの人間が関わる大規模作品が完成するかどうかの基準なんて一つしかない。「作品の核となる人物が諦めないか」だけである。企画の芯となった人物が手を動かせば周囲も連動し、ストレスやプレッシャーで押しつぶされたら周りも離れ始める。逆に、芯の人間が絶対に諦めないかぎり理論上作品はいつかは完成へ辿り着く。
 なのでシナリオ提出のペースを崩したくない。まずシナリオが完成されないかぎり、絵も音楽も演出も動き出せない。設計図のない建築の危険性は皆さんも想像できると思う。ニディガの時に学んだ。
 ニディガは二度の延期を発表し、処女作であることも相まってネット上は「やっぱりコイツにゲームなんか作れねえよ」という雰囲気が充満。被害妄想もあるけれど。急に初心者がゲームを作り始めて二度も延期させたら、「これはダメだな」という方に張るのが当然でしょう。それは客観的に理解しているのでどうしようもない。悔しいなら完成させる他ないのです。
 その時点で、ゲーム業界の先人に「キミが折れなければ完成する。折れたらプロジェクトは終わる。それだけ」と言われた。このシンプルな原理は僕の脳内へ深く刻まれた。たしかにそうだ。たとえ虚勢であろうとも、まず僕が「延期したからこそクオリティが上がって最高のゲームができるんだが?」という顔をしていなければ、周囲の人間も手を動かす筈もない。これは綺麗事ではなく、人間の心理として真理なんだ。というか、延期時に僕もスタッフも、さすがに全員落ち込んでいた時の右も左も分からない敗戦ムードがトラウマなのだ。あの圧は二度と体験したくない……。
 といった事情から、入院してようが聖夜だろうが関係なく、意地でシナリオを書き上げた。今回で物語の半分以上を超え、終盤へと突入する。連動して既に書き上げた序盤のストーリーを基に、どんどん美術周りが形成されていく。僕はテキストを基にした「画作り」に対して死ぬほどうるさいため(申し訳ない!)、来月末にみんなでオランダへ取材旅行へ向かう手筈をお願いした。美術の国オランダ。僕が最も好きな画家モンドリアンの生まれの土地であり、延いてはモンドリアンに強く影響を受けた建築家リートフェルトの作品が点在し、そんな彼の最後の建築物『ヴァンゴッホ美術館』がある。そこへ『赤と青の椅子』の現物も設置されており、美術館に飾られている絵画以上に「美術館そのもの」を作品として鑑賞する。それは僕にとって至上の体験となるでしょう。
 急に「みんなでオランダ行くぞ!」といって準備をしてもらえるのは、ひとえに僕が良いシナリオ(ここで言う「良い」とは、その内容を読んでスタッフたちが「コイツに賭けてよかった」と盛り上がるという意味です)を途切れず提出している努力の賜物で、その文章へ磨きがかかり作品の質が上がるならやるべきだと、お金を出してくれる偉い人たちが判断してくれたからだ! ありがとうございます。
 そんなわけで、今の僕はニディガの何倍もの規模での新作の中核となったことでの期待と責任でしか動いていない。「目の前の作品を数年かけて最高のクオリティで完成させる使命」以外は些細なことだ。嗅覚が手に入るかどうかもサブクエストみたいなものだ。とはいえ、遠回りこそ最短の近道であり、なにがどう芸の肥やしになるはわからないので、むしろサブのルートこそ積極的に回収していく必要はあるけれど。
 ……といっても、聖夜は聖夜。スタッフたちの中でも打ち合わせ後は「デートあるから」とビシッとしたジャケットで着飾り、愛する恋人のもとへ急ぐため今夜ばかりは颯爽と消える者もいる。僕はと言えば徹夜でシナリオを書き上げたばかりで一刻も早く眠りたい。だから今日の日記も一度寝て起きた昼に投稿しています。
 作品に命を賭けるのは立派なことだが、それが完成したとて、別に恋人や家族が生えてくるわけでもなく、むしろ恋愛や家庭なんて暖かな人間関係とは遠ざかっていくだろう。実は完成後のほうがひっきりなしに連絡がきて忙しくなるのもニディガで経験している。僕は人生で一度も「恋人と過ごすクリスマス♡」なんて甘い経験をしたことがない。もしかしてヤバいんじゃないか!? 仮に僕が思い描く「最高の作品」を再び世に出せたとして、信頼できる人間関係は余計に狭まるんじゃない!? ともに苦楽をともにしたスタッフ陣、細かいことマジでどうでもいい十代からの友人たち、それ以外の人間と会わなくなるんじゃないか。現に僕はLINEも一度消して十数人程度の連絡先へリセットしたのだし。
 それはそれとして、納得のいけるシナリオが書けた余熱が醒めず、今後の展開を思案するのも含め一時間ほど散歩した。街は新宿に近く、恋人や家族連れで溢れかえる。今まで意識していなかったが驚くほど独りだ。ここにきてようやく順当に寂しくなってきた。
 どうするんだ!? より良い作品に近づけば近づくほど人間から遠ざかる。僕は人間じゃなくなるのか!? おお、神よ。神の子イエス・キリストよ。聖なる夜を彷徨う憐れな隣人に一言かけてやっておくれ。集団制作による充実感とは別腹で、やっぱり寂しいものは寂しいんだ。

サポートされるとうれしい。