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エッセイ:今起きた失敗

 なにが失敗だったかといえば、そもそもこんな人間が生まれた事自体が大失敗なのですけど、それはあまりに大きなスケールの話なので置いておくとして、今起きたどうでもいい失敗の話をします。

 さっきまで秋葉原を散歩して回っていたのですが、祝日なこともあって通行人が平日の倍。歩くだけで疲れるので少し休もうかと、パツパツのロリータ服を纏った女装おじさんや、ぶつぶつ呪詛のような言葉を吐き出す目隠れ男など、秋葉原らしい通行人たちを掻き分け喫茶店へ向かいました。

 どうにか二階に喫茶店が入っているビルの前まで来たものの、もう一歩も足を動かしたくない。例え一階分でも文明の利器を使ってやろうとエレベーターを使うことに。が、ここで想定していなかったイレギュラーが。なんと、おじさんが物凄い勢いで走って乗り込んできたのです。

 息切れしながらも「7」をプッシュするおじさん。フィギュア屋が目当てなようで、もしかすると店員かも知れない。ここで僕の脳内では「こんな急いでいる人がいる横で、悠々と二階を押していいものだろうか」と謎の忖度が発生。
 いま無遠慮に「2」を押すと、このおじさんから「10段程度の階段すら登ることのできない贅沢な若者」「常識を知らない憐れなゆとり世代」と認識されてしまう。最悪、インターネットに晒されて大炎上する可能性もある。冷静になると全くないが。

 勝負はエレベーターが閉じるまでの数秒間。
 素直に「2」を押しちゃって楽になればいいのに、どうでもいいプライドのために思考回路を無意味にフル稼働させきった結果……僕は「4」を押しました。僕は見栄と誇りがムダに高いタイプの厄介なクソ人間です。
 四階なら歩いて登らない方が自然であり、それより上の階だとおじさんと同席する時間が長い。完璧な計算だと行き先を確認すると、なんと4階はメイド喫茶の入り口。
 このままだと開いた瞬間に「おかえりなさいませ♡」とメイドたちに歓迎されることになる。が、今更「2」か「3」を押して時間を稼いでしまっては本末転倒。こうなったら一つの可能性に懸けるしかない……。

 そう、開いたエレベーターとお店の間にドアがあればいい。そうすれば一旦ドアの前で待機し、おじさんが7階で降りたのを確認して2階に戻ればいい。まだ失敗だと決まっていない……。
 が、現実は非情。4階で開いたエレベーターの先は既に店内。流れで降りざるを得なくなった僕は、数名のメイドたちに「おかえりなさいませ♡」と見事に迎え入れられてしまった!
 さらに受難は続き、よく見るとそこはただのメイド喫茶ではなく、メイドと一緒にポーカーなどのギャンブルを楽しむタイプのコンセプトカフェ。急いで引き返さないと、メイドや知らないオタクたちと一緒に和気藹々とトランプをめくることになる。
 笑顔で待機してくれているメイドたち。こんなゴミのために貴重な時間と表情筋を使っていただき誠に申し訳ない。またしても思考をぐるぐるぐるぐるした結果に出力されたのが「あっ、財布忘れた!」のウソ。道化を演じることで場を乗り切ることにしたのです。
 歓迎の笑顔が嘲笑に代わったものの、快く対応してくれるメイドさん。7階から4階まで降りてくるエレベーターを待つ気まずい数秒間を乗り越え、ようやく喫茶店に入り、わずか3分の間に起きた失敗の数々を振り返って涙を流しながら、こうして文章を書いています。死にたい。

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