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この基底現実に高確率で存在するであろう上位存在へ、僕らは何を言えばいいのか

 深夜に徘徊していると、犬の散歩をしている女性とすれ違う。
 すれ違いざまに犬の顔を眺めてみる。こんな寒空の下でも歩いてくれる飼い主がいるのだから、さぞかしご機嫌なことでしょう。想像通り、舌を出した脳天気な面でこちらを凝視してくる。バウバウ。飼い主に合わせて嬉しそうに手足をバタバタさせていた。

 「動物を飼育するのは人間の傲慢ではないか?」
 誰もが一度は考える議題でしょう。動物も喜んでいるからと勝手な判断で自然から引き離すのは残酷ではないかと。
 答えは各々で考えるとして、少なくとも犬に関しては習性として何かに仕えている方が楽らしく、主人と認めた人間さんと適度に遊んだり叱られたりする生活は性に合っているとのこと。犬に訊いたから間違いない。であれば、犬の飼育に関してはwin winの関係にある。そもそも「動物は飼育されて幸せか?」なんて考えること自体が傲慢とも言える。
 人間だって、「飼われている」方が楽な状態だってあるのだし。

 蜘蛛を飼っていた。サファイア色の綺麗なタランチュラを。

 蜘蛛は動かない。巣を張ったら最後、獲物が引っかかるまで何日でもじっとしている。脳の容量的にも、それ以外の行動はほとんどインプットされておらず、食事と繁殖が最大の幸福である。本能が満たされていく。
 なら、コオロギと水を絶やすことなくあげつつけていた僕のタランチュラは幸福な生ではないか? 自然の中だとつねに天敵が居てストレスが溜まるのだし。それでも、たとえ鳥類に捕食されようとも自然とともに在る方が生き物として真っ当なのだろうか。
 蜘蛛には、なにが幸せと考えるほどの思考能力を持たない。

 人間以外が「幸せ」について考えきれない環境が神の設定した自然なのでしょうか。
 AIが台頭した現代、ついにMinecraftのNPCにAIによる人格と役割を与え、まるで人間社会のような関係性を構築する実験が行われた。つまり、人間はその空間において絶対の神様に君臨したのである。
 Minecraft世界のAIからすれば、変数を弄って世界の根本すら、なんなら一瞬ですべてをリセットできる力を持った観測者は「神」そのもの。彼らAIにとっての幸福の条件すら好きに設定ができるし、小動物や昆虫のように「役割」しか持たない存在も無限に生み出せる。

 シミュレーション仮説。
 下層レイヤーができたことで、僕ら自体も上層のレイヤーから監視された存在の確率が、ぐっと上がった。一部の哲学者や実業家のなかには、「この世界が仮想空間でない訳がない」と唱える者もいる。僕も、上位存在が居てもおかしくはないんじゃないかと、トリップした脳みそで繋がっていく。

 上位存在は実質神様だが、人間の信ずる神のように「善」ではないのでは? 
 『トロピコ6』なるシミュレーションゲームにハマった。独裁者となって島国を運営するゲーム。別に独裁したくなくとも、国の存続のためには悪事に手を染めねばならぬバランスが面白い。必要悪という概念が学べる。
 トロピコレベルでのリアリティのある箱庭の住民たちがAIによって人格を得た場合、とんでもなく「現実」となる。実際のゲーム内では、まだ人間味を感じさせないので問題ないが、彼らが意志を持っているのに政治のために処刑しなければならない時、プレイヤーは耐えられるのだろうか。結果は同じなのにね。

 それはともかく、トロピコを通して独裁者と化している間、それぞれの住民の幸福をきちんと認識しているか。システムとして幸福度は実装されているけれども、それらは「攻略方法」で対処可能だ。労働者の密集する鉱山近くに酒場を置くとかね。もっと細かく彼らの生活を見てしまえば、もっと個人個人に合わせた幸せや目標を持たせなければ無責任に思える。が、いくら神様といえ数百人以上の人間一人一人を管理できるわけもなし。

 では、それを僕らが意識を持っている基底現実に適用したら?
 僕らの世界がコンピューターが織りなす仮想空間であったとして、地球上の全員を、上位存在が、それこそ「気楽にトロピコを遊んでいる程度」の意気込みの人間が、70億もの人々を責任持って導いている可能性って0だ。
 つまり、この世界に神様=上位存在が居ても不思議ではないけれど、その者は決して「経験な宗教家たちが生み出した全能の善」ではなく、「それなりのプレイで満足する一般ゲーマー」かもしれない! 少なくとも僕が世界規模のトロピコをプレイした場合、それなりにおざなりにする部分も多々ある。

 設定が適当であれば、人間だろうが動物だろうが、「なにをもって善とするか」「なにをもって幸福であるか」なんて基準を設けていない。上位存在にとって勝手に生きて勝手に死ぬだけの数字であって、「なんでたかが数字の1が善とか悪とか気にしてるの?」と不思議がっている。または割り切っている方が当然に思える。
 もしかすれば、このまま科学が加速し、僕らがさらに上のレイヤーにアクセスするかもしれないし、または下のレイヤーを構築して本物の神様になる未来も十分にあり得る。実際すでにMinecraft世界で神になった人たちが居るわけで。

 じゃあ、僕らはそんな中間レイヤーにおいて何をすればいい? 呑気に観察している神に何を言えばいい? 答えは簡単。三浦建太郎氏が生前に描ききった見事な回答がある。

  おやすみなさい。

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nyalra
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