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彩風咲奈さんと朝月希和さんのデュエットダンスが大好きなのだった

しぬときに思い出すよなって風景が私には割とあるのだけど、そのうちのひとつが、宝塚雪組の演目『Fire Fever!!』と『Sensational!』のデュエットダンスの風景だ。

デュエットダンスというのは本当に宝塚特有の文化だ。女性二人が、男役と娘役という役割をもっていっしょにダンスを踊る。女性同士だけど身長差があるし、リフトもある。タンゴを踊る時もあれば、バレエの動きをアレンジしたダンスのこともある。だいたいショーの終わりはこのデュエットダンスだ。
なにより美しく翻されるスカートの裾捌き、生で見た時だけわかる娘役の信じられないくらいまっすぐ線が入った背筋、娘役を支える男役の人の手の筋、そしてきらきら光るドレスのスパンコールに、私はいつも釘付けになる。
宝塚を観たあとの夢の世界を見た感覚というのは私はかなりの部分がデュエットダンスをみることによってると思っていて、どんなに現実が辛く悲しいものであっても、たとえ演目が悲劇だろうが不倫劇だろうが戦争の話だろうが、トップ男役とトップ娘役の美しいデュエットダンスを観ただけで地上にはまだ美しいものがあると思えるのだった。
本当に、宝塚のよさは、デュエットダンスだと私は思っている。あれだけは他のどの演劇を見ても拝めないのだ。

雪組の現トップコンビの彩風咲奈さんと朝月希和さんはどちらもダンスがものすごく美しいふたりなのだけど、そのふたりが踊るデュエットダンスは、ちょっと、別格だった。
はじめて観た時に、こんなに美しいものを誰が否定できるんだろう、と泣けて泣けてしょうがなかった。一つの愛という曲も良かったし、二人の歌声も良かったし、振り付けも幸福そのものだったし、青く光る大階段のなかで舞うふたりはスパンコールがいっぱい使われた衣装を身に纏っていて、まるで宇宙のなかで光る星が踊っているようだった。
こんなにも天国のメタファーとして最適なものがあるだろうか、と心から思った。
もう、美しくて美しくて、もちろん買ったDVD
でも何度も見たのだけど、でもやっぱり生で見たときのあの舞台上で光るふたりを忘れられなかった。
ネットでそのふたりはさききわと呼ばれていることを知って、宝塚のコンビに萌えるってあんまりよく分かってなかったけどこういうことか、と理解できた気になった。あのふたりのコンビネーションでしか出てこない光をもっと見たい、ってファンが願っちゃうのもわかる。ていうか私もそのひとりになってしまった。

その次のショー演目Sensational!のデュエットダンスも、やっぱり美しくて美しくて、今度は雰囲気もがらりと色気の方面に振り切り、シャンパンゴールドの衣装を纏ったふたりを見ると胸が高鳴ってしょうがなかった。それは本当にはじめて大好きな画家の絵を生でみたときとか、大好きなチェリストの演奏を聴いた時とかと同じで、「こんなに美しいものってあるんだ」とびっくりする激しいデュエットダンスだった。
なんというか、二人ともひとりで踊っててももちろんじゅうぶん上手い。上手いんだけど、上手い以上に、やっぱり二人で踊る時こそ、私の目を惹きつけるのだ。
このふたりが踊るその空間を、舞台の客席から見られていることが、奇跡だと思った。それはたぶん美しい音色を奏でるピアニストをみて、よくまあこの時代にこの人がピアノを選んでくれたなあとしみじみ感動するみたいなものだ。よくこの才能がここで出会ったなあ、と。
あれは何だったんだろう? いまだによくわからない。相性とか息を合わせているとかそういうものなんだろうか。私はお二人の違う人と組んだデュエットダンスを観ていないから、案外他の人と組んでるとやっぱりほうっとなるのかもしれないけれど。
あの美しさが何なのか知りたくて、私は熱に浮かされたように何度か劇場に足を運んだのだけど、でも、なんでこんなに美しいと感じるのかわからなかった。だけど千秋楽の配信を見ていて、ああこんなに二人の舞台を観られて幸せだ、という、幸福感だけが胸に残った。


と幸福感を抱えてその演目が終わった翌日、朝月希和さんの退団が発表された。
最初はびっくりして言葉も出なかった。なぜなら雪組はトップコンビがふたり同時にやめることが多かったので、まさか別々のタイミングで退団してコンビが解散になるなんて、予想してなかったのだ。
いろいろネットの反応を見ると、そもそも朝月希和さんのトップ就任はものすごくイレギュラー案件だったらしいことがわかった。3作品は短期だけどでもトップになれてよかった、と言ってる人もいた。私はコロナになってから宝塚ファンになったからそのあたりの事情がよくわかってなかった。
ああ、でも二人のデュエットダンスをみられるのは、もうあと2つの舞台しかないのだな、と、それだけをぼんやり理解した。大階段がある舞台はあと1つしかないということも。
悲しい。もっともっと二人のデュエットダンスを観たかった。たぶん一人のファンじゃなくて二人のコンビのファンってあんまりいないんだろうけど、でも私は本当にコンビが好きだった。いやもちろん二人それぞれも好きなんだけど。

人が舞台でいられる期間は有限で、二人なら余計だ。
蒼穹の昴は私も好きな小説だし、この二人の最後の舞台として観られるのは楽しみだ。きっとデュエットダンスも作ってくれることだろう。
でも、やっぱり私はしぬときに思い出す光景のひとつはあの大階段で舞っていた一つの愛の風景だと思ってるし、あの時見たものは私の頭の中にはずっと残っている。
ああいうものを観たくて宝塚を観ているのだと思う。まだ世界には、地上には、美しい天国みたいな光景があるんだって思うために。

いろんなことが嫌になっても、でも、まだ美しいものはこの世にあるよな、少なくともここにあるよな、って、記憶の中のさききわのデュエットダンスを反芻するたび本当に思うんだよ。きっと他人から見たらばかみたいな話だけど。


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