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2023年3月期 第2四半期 決算説明会(前半:孫さんプレゼン)

皆様、大変お待たせいたしました。
ただいまより、ソフトバンクグループ株式会社2023年3月期第2四半期決算説明会を開始いたします。
それではまず、本日の出席者をご紹介させていただきます。
皆様から向かって左手より取締役専務執行役員CFOの後藤でございます。
常務執行役員経理統括の君和田でございます。
ソフトバンクインベストメントアドバイザーズ、マネージングパートナー兼CFOのナブニート・ゴビルでございます。
ARMIRヴァイスプレジデント、イアン・ソーントンでございます。

本日の説明会の模様はインターネットによるライブ中継を実施いたしております。どうぞよろしくお願いいたします。
それでは初めに、ソフトバンクグループ株式会社代表取締役会長兼社長執行役員の孫よりご挨拶をさせていただきます。
それではお願いいたします。


皆様こんにちは。ソフトバンクの孫でございます。よろしくお願いいたします。
普段であればですね最初にこの壇上の一番右側に私が座って最初にご挨拶をして、そしてプレゼンテーションするというのが流れでありました。

今回はちょっと変わり私はこの壇上には座らない、今後はですね。
この決算発表でのプレゼンは当面の間はもう今日が最後。
私がですね、この場に立って会社の四半期ごとの決算説明を説明する、あるいは戦略の近況を報告するというのは今日の挨拶を持って当分の間は最後にしたいと思って考えております。

隣にいる後藤くんはこれから自分なプレゼンを毎回できるということで何かワクワクしてる、そんな気がしておりますけども。
今まで黙って座ってたわけですからこれから大いに後藤くんのプレゼンを聞いていただきたいというふうに思います。

そのようなことですね、数日前に発表しましたところ、どうしたんだと。
その孫さんは健康を害したのかと病気でもしてるのか、あるいは引退でもするのかということ質問がいくつか寄せられておりますけれども決してそうではありません。

もう健康そのものでありますし、気力ますます充実ということで、やりがいもですね、気合も十分であるということでございます。
じゃ、なぜ、それそういう状況なのに決算発表についてはですね、私が率先して話をするっていうのを今日で最後にしたいかということ説明しまして、その私の最後のメッセージにしたいと、決算発表においてはですね。

株主総会は従来通り出ますし何か突発的なことが起きたということになれば、いつでも私は出てくる用意はありますけども、そういう突発的なことはないというふうに信じております。
それではちょっと感情の中で話をさせていただきたいと思います。


まず私には事業家としてソフトバンクを始める前の原点がありました。
19歳のときですね今でも覚えております。
確か秋の景色だったと思います。
車を運転して降りてその歩道を歩いてたときにですね、アメリカで当時まだ学生でした。
サイエンスマガジンの雑誌を読みながら立ち読みしながら歩いて行ったときにですね、1枚の大写真に巡り合いました。

このような写真だと思っております。この未来都市のような、何か幾何学模様のような、この不思議な写真、これを見てですね、何だろうと。

次のページをめくったら、これがマイクロコンピューターのチップであると。いうことを初めて見ました。
人差し指の上にですね、この小さな1cmにも満たない、小さなこの四角形のものが指の上に乗っておりました。

説明を読んでみるとですね、これがなんとコンピュータであると。
当時私は学生としてですね、IBMの大型コンピュータのを端末には毎日のように触れておりましたし、当時Digital Equipmentのコンピュータその他、何機種かに触れておりました。毎日のようにプログラミングをしておりました。
ですからコンピュータっていうのが何かというのは当然知っておりましたし、プログラミングもしておりましたが、まさかそれがですね、こんな小さな人差し指の上に乗ってしまうようなものになるというのは想像してなかったわけであります。

この写真そしてその記事を見たときに涙が出て止まらなくなりました。
人間は人類はですね、初めて自らの知性、知的活動をですね、超えてしまうかもしれないものを生み出してしまったということをその時に感じ取ったわけですね。

両手、両足、両手の指がもうジーンと痺れて涙があふれて止まらなくなりました。
ついにこの地球上のあらゆる生命体の中で最も優れた知的活動してるであろう人類がその人類の知性を超えてしまうかもしれないというものを作ってしまった。そのことに感動したわけですね。

それから既に45年ですかね。今65歳ですから50年近くなりますね。46年なりました。

あっという間でありました。最近特にですね、まさに情報革命が爆発的にまだまだ進化してると伸びておるというふうに感じております。

まだこの革命は46年経ってですね、その初めてマイクロコンピュータのチップの写真を見て、46年経ってですね、成熟するところか、ますますこのビッグバンは大きな広がりを持って広がってるというふうに感じております。

この人類が地球に生まれてですね、おそらく何万年か何十万年かいろんな人類の定義によって違いますけども、立ちますけれども本当にですね、この50年間の間というのは、この情報革命始まってからですね、あっという間に広がったわけですけれども、もう今毎日ですねスマホなしには生活が成り立たないという状況にすらなってしまったわけであります。

コンピューティングの中心はですね、PCの時代からその前マイクロコンピューターのワンキットサーキットのボードがありましたが、一般の人々に大きく広がったのはPC、パソコンの時代ですね。

コンピュータ、マイクロコンピュータのコンピューティングの中心がPCの時代から完全にこの十数年間でスティーブジョブスがスマホを生み出して以来ですね、コンピューティングの中心はスマホに移りました。


と同時にですねCPUの中心はIntelからARMに移ったと、このように私は思ってます。
コンピューティングの中心がパソコンからスマホ、そしてスマホからさらにですねこれから様々なものにこのCPUが入っていくと。
ありとあらゆるものに入るとまさにIoTの世界ですね。

そしてそれがその情報が結集される形で、クラウドにどんどん蓄積されていくと。
この地球上にあるあらゆるものの情報がですね、クラウドに集約されていく。
この地球上の情報の宝庫といいますか、財産になるのがクラウドだと思います。
このクラウドの中心のコンピューティングもIntelのアーキテクチャからARMのアーキテクチャに今どんどんと変わろうとしております。

なぜコンピューティングの中心がですね、IntelからARMに変わるのかと言うとですねそれは、コンピューティングをするのに欠かせないエネルギー減、それ電源であります。

自動車のエネルギーとして欠かせないものであったのがオイルだったとしたら、それが電気に変わりましたね。
これからどんどん変わっていくと、エレクトリックビークルの世界になっていきます。コンピューティングの中心がですね、そのエネルギーが電気を使うと唯一電気のみを使うと、このことがですね、CPUのアーキテクチャとして、IntelからARMアーキテクチャに大きく移り変わっていくということの根源にあります。

今までこの大きく分けてですね、CPUコンピューティングの中心には、IntelとARMこの二つしか大きく分けてこのアーキテクチャにはないわけです。
このアーキテクチャーの中心がコンピューティングに欠かせない最大限のエネルギー源として電力を使うということがあるがゆえにですね、この電力を使うことに対して最も効率的な設計アーキテクチャになっているARMの主役の場としてのですね、ポジションがこれからどんどんどんどん強くなって、揺るぎないものになっていくというふうに私は信じております。

パソコンの時代にはARMはコンピューティングの能力が弱いと信じられてました。スマホ、あるいはIoTには向いてるかもしれないでも、演算能力を大きく必要とされているPCだとか、クラウドにはあんまり向いてないというふうに思われてる時代が長く続きましたけれども、そうではないんだということが最近証明されてまいりました。

クラウドの世界でも主要なクラウドは、今もう一直線にですね、ARMのアーキテクチャに変わりつつあります。
PCの世界でも既にですね、その兆候が昨年あたりから一気に広がってきております。
あらゆるものがこれからデジタル化されていくとコンピューティングされていくとそうすると、そうするとARMの活躍の場は爆発的に広がっていくでしょう。

私はソフトバンクを創業してですね創業する少し前に数年前にですね19歳のときに、冒頭に申し上げました私の情報革命に人生を捧げようと思う最初のきっかけになった、このマイクロコンピューターのチップの写真を見て感動して、そのときはただ純粋に感動しただけだったんですけども、そのマイクロコンピューターの中心であるARMのですね、持ち主になれるということは、その19歳のときの私には全く想像の外にある世界でありました。

このコロナのパンデミックが始まってですね、どれほど大きな人類にとっての危機になるか、わからないと、多くのユニコーンがこのコロナの谷にまっ逆さまに転げ落ちるかもしれないということを、何年か前の決算発表の場でプレゼンをいたしました。
コロナの谷に転げ落ちるユニコーンの馬たちというような映像を見せたことがありました。

実際にはユニコーンこそがですね一番先にオンライン化がますます進むということで、先に立ち上がりました。
なんだと、思ったよりコロナの谷は深くなかったと、危機は大きくなかった。こういうふうに思いました。
しかし、その他ににまっ逆さまに落ちそうだと、どれぐらい深いかわからないそのときにですね、我々ソフトバンクとしては持っている資産のあらゆるものを売ってでもですね生き延びねばならない。

私は自分たちの持ってる力以上にですね、早く伸びたいと大きく伸びたいということで、ソフトバンク創業以来ずっとですね常に借入金を可能な限りたくさんして、可能な限り背伸びをして、思い切り実力以上にですね、常に小が大を飲むような形でのM&Aも繰り返してきました。

しかしネットバブルがはじけた2000年のときも持ってる資産、あらゆるものを売り払ってでもですね生き延びるということで、危機を逃れましたし、また、リーマンショックのときもですね、あらゆる持っている財産を売ってでも生き延びるということで当時持ってるものは片っ端から売り払うということをしました。

3度目の危機がやってきたとき、つまりコロナのショックが来たときにですね、これまた持ってる物、売れるものは徹底的に売って身軽になるんだということで、その一環として、ARMも手放すということを言ったん決意しました。

私としてはですね、一番売りたくなかったのが、ARMだったわけですね。でも生き延びるということは、それにも増して重要なことだということで泣く泣くですね手放すことを決意したわけです。
しかし、かなり他の財産を売りましたので全部を売る必要はないなということで、3分の1は現金で売って、3分の2はですね、相手先のNVIDIAの株を代わりに貰って、それ3分の1、現金で売るけども3分の2は、合併後の会社の株をもらう。
当時表現したのは売ったような買ったようなということで表現をいたしました。

合併後の会社の我々が筆頭株主になるということで、ARMとNVIDIAくっつけばですね、より大きな力を発揮できると。
AI時代の最も重要なコンピューティングの中心になれるということで、そういうような決意をいたしました。
しかしARMとNVIDIAが合併すればですね、力が強くなりすぎるというような批判もたくさん業界から受け、いくつかの政府から許認可について拒絶すると、こういうような方針も言われました。

泣く泣くこの合併は諦めたわけですが、しかしですね、元々売りたくなかったわけですね。コロナのショックがですね、それほど深いものでなければ元々手放したくないというふうに思っていたわけですから、この合併の承認が下りなかったとその時点ではですねコロナのショックの谷がですね、思ったほどは深くないかもしれないと。

ワクチンもそろそろ開発のめどが見えてきたということで、むしろですね、合併の話が破談になったということはそれはそれで良しというふうに受け止めたわけでございます。
それからしばらく経ちました。コロナの谷は過ぎたんですけれども、その後ですね、ウクライナ、ロシアの問題があり、また世界中でですね、インフレが収まらないような形でどんどんやってきて、各国の中央政府、中央銀行が、いろんな財政支援をしたことの反動、そしてコロナのときにですね、消費を控えてた人々がコロナの谷が過ぎたということで一気に消費が広まった。

また、ウクライナ、ロシア情勢の問題で小麦だとかエネルギーがコストがですね、高騰したということで、この別の意味でですね、世界中の株式市場が一気にやられてしまうと。

つまり我々ビジョンファンドでですね、情報革命の資本家になるんだというようなことを発表して、これからはビジョンファンドどんどん投資をしますということを勢い込んでですね数年前から私は方針として発表していたわけですけれども、今の情勢は、上場株であれ、未上場株であれ、投資してた会社はほとんど全滅に近いぐらい、成績はですね、やられてるという状況ですね。

我々ビジョンファンドも大変苦しみましたけども、世界中の投資家の皆さんが大なり小なり、株式市場が大きく傷んだことの波動があったということであります。
そういう中でですね、ずいぶん考えました。ソフトバンクとして今取るべき道は何なのかということであります。ビジョンファンドこのままどんどんさらにですね、投資を続けるべきなのか、それとも借入金を大きくしてたものをですね、一気に身軽になって、負債の比率を下げてですね、手元のキャッシュを厚くしてより安全運転をするということに舵をとるべきかということで社内でもずいぶん議論をしましたし、私も考えました。

出した結論はですね、ここしばらくインフレは収まらないと。
ここしばらく、上場株ですら大変だと、ましてや未上場株は時差がありますから、当分これは大変だということであります。
とすれば我々はやはり守りを固めるという方針を数年前に発表しましたけれども、守りを固めると、いち早くその決意をしたというのは良かったことだというふうに思ってます。

その大方針をそのまま続けながらですね、新たな投資についてはより慎重にしまた、ビジョンファンドもその投資のマネージメントの社員の規模も縮小すると聖域なきりコスト削減ということを前回も発表しましたが実際にそのように今運営してます。
そういう状況の中で私は事業家化として経営者として力を持て余すわけですが、幸いなことにですね、ARMが手元に戻ってきたと。

ARMの成長に集中して私の神経を注いでみようということをこの数ヶ月思ってそこに集中してきましたところ、特に最近ですね、すごいとこれはすごいと。
ARMのこれからの成長のこの何て言うんですかね、成長の源といいますか、このエネルギーといいますか、技術革新成長機会というのは、爆発的なものがあるということを心の底から再発見しました。
ARMを買収してからですね、買収する前からARMに惚れ込んでいたわけですけれども最近バージョン9ができてバージョン9の機能がですねどんどん使われるようになってきましたが、さらにその次のバージョン、そしてその次のバージョン、そしてもうどのようにこれから活用したらですね、画期的な技術、画期的なサービスができるかということを深く深く考えてみたらですね、ものすごいエネルギー、ものすごい技術革新を心の底から見出すことができました。

そのような状況状況の中で私は少なくともこれから数年間、もうこのことだけに専念しようと、ARMの爆発的な次の成長に私は没頭すると、没頭すると、その他の経営については雨漏りを徹すると守りに徹するためにはですね、私よりも後藤くんが中心になってですね、CFOとしてしっかりと守りを固めていって、またその結果を皆様にご報告すると。
これがより適切であろうと、私はとにかく私は元々攻めの男ですからARMの攻めのところに集中したいと。

今技術の深いところまで、そして事業計画の深いところまで直接私は毎日朝から晩まで没頭しております。これが私の興奮であり幸せであり、そしてソフトバンクのこれからの成長のためには最も貢献できるのは、私がこのARMそして周辺のところに集中すると、これがソフトバンクの株主の皆様にとってもそしてこの情報革命のためにも、未来の人々のためにも最も役に立てることではないかと心の底から思うようになりました。


だから私はこのような形で情報革命で人々を幸せにしたい、その最初の思い、その原点、それをそのまま純粋にこれからも追い求めていきたいということで、そのことのみ集中したい、こういうふうに思っております。
従って、決算発表、あるいはその他の日常のですね、経営的な業務については、後藤くんを中心に、他の経営幹部にどんどんと権限を委譲し、オペレーションを継続してもらいたい。

このように思ってるわけです決算発表の場では、これが私の当面、最後のメッセージになりますのでよろしくお願いいたします。
また、決算の内容は後藤くんが説明しますし、その質疑に対してもですね、後藤くんそして、その他のメンバーが今日壇上にいますのでご遠慮なく何でも聞いていただきたいと思います。

私からのメッセージは以上でございます。ありがとうございました。

ソフトバンクグループ株式会社代表取締役会長兼社長執行役員の孫よりご挨拶をさせていただきました。

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