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『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』 前編 (このハリウッドの片隅に)

チャーリー・マンソンとお仲間たちが何もかも台無しにしてくれた 

(トマス・ピンチョン『LAヴァイス』)

 1969年ハリウッド8月9日の朝、『ローズマリーの赤ちゃん』で世界的な大ヒットを飛ばした映画監督のロマン・ポランスキー邸に5人の男女の死体が発見された。ポランスキーの友人4人と女優でポランスキーの妻だったシャロン・テート。妊娠8ヶ月の彼女は全身を滅多刺しにされ死んでいた。

 翌年チャールズ・マンソン率いるヒッピー集団が逮捕された。マンソンファミリーの内4人がマンソンの命令を受けポランスキー邸を襲った事が判明。マンソンはポランスキー邸に以前住んでいた音楽プロデューサーに恨みを持っていた。ポランスキー邸を襲った際、彼は引っ越していなかったが4人はお構い無しだった。シャロンは殺害される際「赤ちゃんだけは許して」と懇願した。4人は殺害後、扉に彼女の血で豚と書き殴った。

 60年代は世界的にカウンターカルチャーの時代だった。若者達がラブ&ピースを掲げ社会からドロップアウトし旧世代の価値観を否定した。そのように自由に生きる彼らのことをヒッピーと呼ぶ。日本でも学生運動が盛に行われた時代だ。

 しかしこの事件以降ラブ&ピースの幻想は跡形も無く破壊された。

 日本でも社会が豊かになるにつれて若者は政治に関心を無くし学生運動の一部は先鋭化、テロリズムに発展し内ゲバなどで下火になる。

・むかしむかしハリウッドで...

 カウンターカルチャーによる地殻変動は映画の都ハリウッドでも他人事ではなかった。それまでの旧態依然としたハリウッドシステムは崩壊し「アメリカン・ニューシネマ」の時代に。夢や希望を描いた映画からセックスとバイオレンスを描き政治的で尚且つ反体制的な作品群が人気を博すようになる。

 「僕はその変化に取り残された側の立場から描きたいと思ったんだ。」

 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の発想の原点をこう語るのは日本でもソフトバンクのCMタラちゃんでお馴染み本作の監督・脚本を手掛けた、クエンティン・タランティーノ。

 この物語の主役はレオナルド・ディカプリオ演じる、リック・ダルトン。テレビの西部劇出身で後にイタリア製西部劇、マカロニウエスタンの主演に抜擢されるが同じようなキャリアのクリント・イーストウッドとは違い変化を物に出来なかった落ち目のアル中として描かれる。リックの専属スタントマンで公私にわたり良き相棒であるクリフ・ブースをブラッド・ピットが演じる。このブラピが『ファイト・クラブ』のタイラー・ダーデン以来のベスト・オブ・ブラピなのでファンの方は要必見です!

 クリフ・ブースの隣の家がロマン・ポランスキー邸でシャロン・テートを演じるのが『スーサイド・スクワッド』でハーレイ・クインを演じたマーゴット・ロビー。

 タランティーノはシャロン・テートをラブ&ピースの時代の精神を象徴していると考えている。「しかし彼女は今ではあの惨劇の被害者として定義されてしまった。そのイメージから少しでも救い出すためにマーゴット・ロビーを通して意味深いやり方で変える事が出来るんじゃないか。」

 リックとクリフの二人組とシャロン・テートの交わるようで交わらないハリウッドでの日常が淡々と描かれます。タランティーノ作品史上でも最も多幸感に満ちているのですがドラマの起伏は少なめです。

・意図的なドラマの起伏のなさ

 「人工的なストーリーを付け加えなくてもあの事件が起こる事が分かっているからね。たとえ嫌でもあの恐ろしい一夜へと少しづつ近づけてしまうんだ。」

 本作では物語が進むにつれて8月8日の事件の夜に迫っていきます。なので何気ない場面でも緊張感が持続する作りをタランティーノは狙っているのです。

 これは別に珍しい作劇では無くアルフレッド・ヒッチコックが「映画術」で提唱したサスペンスの理論で例えば劇中、公園の椅子の下に犯人が爆弾を仕掛けたとします。それは数分後に爆発する時限爆弾です。そこへ何も知らない親子がやってきて何気ない会話をしているだけの場面なのに観客は爆弾の存在を知っているので緊張感が生じる訳です。

 最近の傑作だと『この世界の片隅に』がその例に当てはまりますよね。広島が舞台で1945年8月6日に話が向かって行くと言う事は...。

 もう少し卑近な例だと『100日後に死ぬワニ』なんかもそうですよね。

・映画!映画!映画!

 タランティーノ作品は全てオモチャ箱をひっくり返した様な楽しさが詰まっている。キル・ビルが一番分かりやすいと思うが『死亡遊戯』でブルース・リーが着ていた黄色のトラックスーツを着用し日本刀で敵をバッサ、バッサと斬りまくる。大袈裟な血飛沫は『子連れ狼 三途の川の乳母車』から。またタランティーノが大好きな深作欣二監督の『バトル・ロワイアル』に出演している栗山千明をGOGO夕張役で出したり引用元をあげればキリが無い。(日本公開版では「深作欣二に捧ぐ」というテロップが流れ、当時筆者も『バトル・ロワイアル』がきっかけで深作欣二監督のファンだったのでタランティーノの虜になった。)

 タランティーノは古今東西の名作からZ級までありとあらゆる作品のサンプリングで作品を構築します。

 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』ではブルース・リー本人が登場する。ただ単にタランティーノが好きで出している訳では無く史実としてシャロン・テートが出演した『サイレンサー第4弾/破壊部隊』で武術指導を担当したからだ。

 劇中、シャロン・テートが『サイレンサー第4弾/破壊部隊』をふらっと寄った映画館で観る場面がある。つまりシャロン・テート本人が画面に映っている映画をシャロン・テート演じるマーゴット・ロビーが一般の観客に混じって楽しみ、さらにそれを我々観客が観ているという多重構造になっている。何ともタランティーノらしい映画愛溢れる感動的な場面だ。

 映画を楽しんでいるシャロン・テートの前方座席の上に乗せた足が大写しになる。それ以外でも本作ではマンソンファミリーの一人プッシー・キャット(凄い名前!)の舐めるように撮られた脚が印象に残るだろう。

・脚フェチ監督タランティーノの倒錯した世界

 過去作の『イングロリアス・バスターズ』で脚を撃たれた女スパイの傷に主役のブラッド・ピットが指を入れて拷問するという場面があります。これを劇場で観た当時、何とも言えない気持ちになった事を今でも覚えているのですがその後さかのぼって観た『デス・プルーフ』という作品でその時感じた違和感が解消されます。

 ムチムチした女の子達の脚をひたすら舐めるように撮っているのです。しかもタランティーノ本人がカメラを回して...。コミケでコスプレイヤーの女の子を取り囲んで撮影しているカメラ小僧と何が違うと言うのでしょうか!

 脚本で参加している『フロム・ダスク・ティル・ドーン』と言う作品ではタランティーノが役者も務めていますが女性が脚に垂らしたお酒を爪先の方でごくごく飲む場面を嬉々として演じています。しかも自分が書いた脚本で...。やっている事がほとんど踏まれルーちゃんです!

 でも僕はそんなクエンティンが大好きです!

インターミッション、続きは後編で




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