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『嵐の中にいないと、時代が変わったことはわからない』 【 株式会社コルク代表取締役 佐渡島庸平氏 京都大学寄附講義から 】

嵐の中にいないと、時代が変わったことはわからない

僕が起業した理由は、嵐の渦中に入って時代を感じたいということです。
南アフリカでの経験、まさにマンデラの大統領選の日。
これは歴史的な一日でした。でも、父親も含めて外国人には選挙権がないので、ただ選挙の様子をテレビで見守るしかありませんでした。

そして、傍観者であったがゆえに日常は何一つ変わることはありませんでした。
とてつもなく大きく南アフリカの歴史が動いた日なのに、変わった感じをまるで受けませんでした。それは、やはり歴史の当事者ではなかったからだと思うのです。

同じようなことは過去の歴史でたくさんあると思います。

例えば1945年の8月15日の終戦記念日。
ラジオから流れる天皇陛下の「終戦の詔書」を聞いた人は、そのときを印象的な瞬間として語っています。しかし、ラジオを聞けなかった人もいる。そして、聞き逃した人にとっては、8月14日と8月15日と8月16日の差って、多分よく分かっていないのでしょう。
8月15日は歴史の転換点ですが、日常の変化は些細なものだったのではないかと思います。

そうすると1868年の江戸城無血開城なんて、終戦記念日と違ってラジオも何もなかった時代ですから、幕末の人たちは何一つ、そこで起きた社会の変化を感じ取っていなかった可能性があります。

社会の変化というのは、その変化を担っている数十人とか数百人の周りでは嵐が吹き荒れているんだけれども、社会全体で考えると、意外と凪いでいるのではないだろうかと考えています。

南アフリカの時代の変化を感じることができたことは、僕にとってすごく幸せな経験だったと思っています。誰かが作った時代の流れの変化に乗っかって生きていくよりも、その時代を変えるタイミングで、その場を共有することができて、見ることができて、意思決定に関わることができるというのは、とてつもなく幸せなことなんだと思っています。

マスコミ業界というのは、僕がいた出版業界をはじめ、新聞にしろ、テレビにしろ、基本的にさまざまな規制で守られている産業です。そして、産業規模は大きくないのですが、言論や主張を表現する業界として政治的にも影響力を持っています。

しかし、何かが変わりだしていると感じています。
たとえば、インターネットによって、大きな変化が現れています。
しかし、出版業界にいると、感じられない、実感しにくいのです。

なぜ実感しにくいのかというと変化の当事者ではないからです。だからこそ、変化を起こしている、そちら側の、その嵐の渦中に入ってみないと時代を感じられないと思ったんです。

今からでもインターネットの世界に飛び込んだら、それができるんじゃないかと思って講談社を辞めました。

インターネットの世界に訪れた次の変化:スマートフォン(スマホ)革命とその後

講談社を辞めて、今、僕が感じていることはインターネットに次の変化が来たということです。

1990年代の半ばぐらいから東京の六本木や渋谷周辺にはIT系ベンチャーが次々と生まれました。当時のインターネットというのは、今とは違って、インターネットで道路を引くという感覚です。

新しいネットワークを作るというインフラとしてのインターネットでした。そして、この道路が出来上がったあとに街を造る段階になって、さまざまな面白い施設ができてくる。やっとそうした段階になってきた。

では、インターネットの中で、どんな面白い施設ができていくのか。

インターネットの中では、社会を変えるどんなコンテンツが生まれていくのか、というのは、まさに今からなんです。そこに、どういう流れを生み出せるのか。会社を立ちあげて関与していくことの楽しさを感じています。

皆さんの世代だとインターネットはそもそも存在していて当たり前です。
そういう時代に生まれ、成長しているからです。だからインターネットによる大きな変化のあとに、スマートフォンによる変化が来たわけですけれど、インターネットの変化とスマートフォンの変化の差が、どれくらい激しいものなのか、実感できていない人のほうがほとんどではないでしょうか?

こんな例え話があります。
「このFAXは99%正確に書類が転送されます。しかし、1%だけ届かないときがあります」という状態だとしたら、そのFAXは社会インフラとして広がりますか。たった1%なんだから大丈夫と思うかもしれませんけれど、届かない1%があると社会インフラとしては広がらないのです。

99%と100%は社会を変えるうえでは大きな違いになります。

世の中にスマートフォンが普及して、スマホ革命が起きたとき、さまざまな会社がスマホ革命に乗り遅れてしまいました。「ほとんどの人がスマートフォンによって100%インターネットに繋げることができた」という通信環境の変化についていけなかったからです。

これまで、インターネットを繋げようとすると、会社でパソコンを持っていたり、個人でもパソコンを持っていたりしなければ、インターネットに繋がる環境がありませんでした。また、地方へ出かけると、インターネットがつながっていない地域も存在しました。パソコンによるネットは、常時接続ではない。

しかし、今だったらどうでしょうか。スマホであれば、常時接続です。自分が繋がりたいときに、いつでもインターネットを接続することができるようになったのです。インターネットがほぼ100%繋がったそのことによって、考えられるサービスが全く変わったわけです。

さらなる変化は今後も続きます。例えばInternet of Things(以下IoT)。
これはモノがインターネット経由で通信することができるようになるというものです。IoT技術を生かした事例では、インターネット経由でセンサーと通信機能を持ったドアや電気などが登場しています。

それらの機器は消し忘れや閉め忘れがあった場合にも「ドアが開いています」「電気がつけっぱなしです」などのようにお知らせが届くようになっているのです。そして、デジタル通信技術によって、その場所にいなくても自動でドアを閉めることや電気を消すことも遠隔でコントロールできるようになってきています。

こうしたIoTがもたらす変化は、ますます身近なところで現れ始めるでしょう。

一方で、仮想通貨で使われているブロックチェーンの技術も他に活用され始めています。取引履歴がブロック化されて、今まで中央集権型で管理していたものが、ユーザー同士で管理できるようになり、不正な取引やごまかしができない安全なデータのやり取りが可能になったのです。

これによって中央集権型のデータ管理システムは崩壊し、新しいデータ社会が構築されるようになりつつあります。

今、アフリカで起こっている大きな変化

日本でインターネットはパソコンによって広がっていきましたが、中国は初めからスマホを使ってインターネット社会が始まりました。そのためインターネットに関しては中国のほうが、より合理化されて便利な仕組が構築されています。

現状で比べると、日本よりも中国のほうが、サービスを利用するときの使いやすさや気遣いといったような文化面は圧倒的に充実しています。

僕は今、日本を理解するために、離れた外国の事情をいろいろと調べています。そうするとアフリカに興味深い傾向が見えてきました。

ここ10年くらいで中国が技術的な面で日本を抜き去り、スマホファーストで社会の変化を生み出してきています。アフリカでもインターネットがどんどん普及してきている状態で、EC企業も伸びているのです。

例えば、中央アフリカの周辺は、まだ社会インフラが整っていないので、住所が確定されていない地域も多く、郵便物が届かないのが当たり前なのですが、スマホを持っている一部の人同士は、スマホを経由して連絡を取り合い、繋がることができているといいます。
そのため、スマホを持っている個人同士で物流が成立しているというシステムが出来上がっています。

さらに地域によっては、まだ貨幣も安定的に発行されていないにも係わらず、仮想通貨が先に広がっており、仮想通貨を利用する人はEC取引を盛んに行っているというのです。

つまり、僕らがまったく予想しなかった社会インフラの形が、アフリカを舞台にここ数年で、ものすごい勢いで、広がりつつあるんです。

こうした変化に並行するように、アフリカの平均寿命も延びています。
世界保健機関(WHO)が2019年に発表した世界保険統計では、アフリカの平均寿命は60歳を超えているのです。

なのに、平均年齢は、20代を切るかという圧倒的に低い国がいくつもあります。
東南アジアよりも平均年齢は若い。アフリカ社会がすごい速さで、良い方向へ変化しつつある。そのスピードはこれまで数十年単位であったものが5〜10年単位で、さまざまなことに変化が起きています。

こうした世界の変化を見たあとで、再び日本を観察してみると、日本には過去の遺産があり、それによってインフラが固定化されていることに気がつきます。

この固定化されている社会の中に、どうやって新しいインフラを取り込んで、社会を変えていくのか。どうやってそこにコミットしていくのがいいのだろうか、と。そして、まさに自分事として、その変化の中に入っていくのが、皆さんの世代だと思うんですね。

物語は本当に社会を変えたのか?

先ほどもお話していますが、僕は、コンテンツが人の心を動かし、そのことが、社会を大きく動かす。それが世の中にとって重要なことだと思っています。

じゃあ今までの物語は、どれほど社会を変えたんだろうか、と考えるわけです。

例えば、僕は『ドラゴン桜』、『宇宙兄弟』を制作しました。そのおかげでコルクには、東京大学からのインターン生が数多く来てくれています。

来てくれる東大生の多くは『ドラゴン桜』を読んで、助けられた、勇気づけられた、と話してくれます。だから、そのコンテンツを作った僕のいるコルクを好意的に感じてくれて、インターン先に選んでくれています。

こんなこともありました。
この前、東京大学の文化祭で『ドラゴン桜』の作者である三田紀房さんがイベントをやりました。その会場に、トラックの運転手の方が入って来た。三田さんのところに寄ってきて、握手を求めたんです。

そして、「自分は親戚も含めて、皆、トラックの運転手で、自分もトラックの運転手で、肉体労働しかできません。もちろん、親戚に大学卒業した人は一人もいない。けれど、息子が『ドラゴン桜』を読んで東京大学に入学したんです。それで自分が今日、駒場祭に来る機会を得ました。三田さんに感謝させてください」と言いながら泣き出して、握手したんですよ。

それを受けて三田さんも、自分の漫画がそんなふうに影響を与えたんだと感動したんでしょうね。もらい泣きしそうになったというエピソードがあります。

「心を動かす力」を「現実を変える力」に

このように物語によって起こった心の動き、感情の流れを、現実に変える力にすることが、僕のやりたいこと、コルクの挑戦なんです。

その中の一つの取り組みとして、「せりか基金」というのがあります。
これは『宇宙兄弟』の登場人物で伊東せりかという女性宇宙飛行士の名前にちなんだ基金です。

彼女は14歳の時に父親をALS(筋萎縮性側索硬化症)で亡くしてしまいます。そこで彼女は医療の道に進み、ISS(国際宇宙ステーション)に無重力環境でALSの薬の実験環境があると聞き、宇宙飛行士になります。彼女の子供の頃から憧れている天文学者が金子・シャロンというのですが、彼女もまた父と同じALSを発症して作中で闘病生活を続けています。

ALSというのは、難病中の難病と言われていている病気です。
運動神経が障害される進行性の神経疾患で、筋肉がやせて力が入らなくなり、やがて自分の意思で身体が動かなくなります。病気が進行していくと、ノドや口も動かなくなり話をすることも、食べることもできなくなります。瞼も開けられなくなり、見ることもできなくなる人もいます。最後は人工の呼吸器を使用することになります。

人によっては完全にどこも動かなくなって閉じ込められた状態になってしまう人もいます。その状態になることにも恐怖を感じる病気なんですよね。
もちろん、自分の意志で身体が動かせなくなるので、24時間付きっきりで介護をしなければならなくなります。まだ家族介護も多い現状なので、病気がきっかけで家族がバラバラになることも珍しくないようです。

物語の設定は2029年なのですが、その年に宇宙でALSの薬のつくり方につながるかもしれない大発見があるという展開になっています。

しかし、現実に2029年までにALSが難病じゃなくなるのか、治る病気になるのかというと、簡単ではないでしょう。病気の発見から140年経ちますが、まだ画期的な解決方法が見えているわけではなくしっかりとした原因もわかりきっていない。医学的に見ても難易度の高い病気です。

そういう現実があるのにも係わらず物語の中で薬が出来上がって、登場人物が助かるシーンを描くというのは、現実のALSの患者の人たちに対して、ぬか喜びをさせるだけのものになってしまうかもしれない。

「せりか基金」はおかげさまで2019年でちょうど三年目になりました。

ALSの原因究明の費用や治療研究費として基礎研究をしている人たちに寄付しています。一年目は、だいたい800万円ぐらい。二年目は1000万円ぐらい寄付をいただいてこれまでに5名の研究者に助成を行いました。審査委員長には京都大学のiPS細胞研究所教授の井上治久教授に就任してもらっています。

こういう難病を治癒させるような薬を開発するには基礎研究が大事です。
しかし、日本の研究の現場は、何の成果も生み出せない基礎研究に大きなお金を投じることができなくなっていると聞きます。

『宇宙兄弟』の中で主人公の六太は「本気の失敗には価値がある」と語っています。そこが大事なところで、目的を達成するために失敗を繰り返しても、前進する失敗なら価値があると言える環境が日本にはない。
そこで失敗しても次に繋がるような環境を作るために「せりか基金」が役立ってくれればいいと思っています。

このように物語の中で起きていることに本気でどのようにコミットしていくのか?
それが面白いことだなと思っています。

つい最近もN高というインターネット上の通信制高校があるのですが、村上ファンドの村上世彰さんがバックアップしてN高に投資部を作りました。
部活動を通じて生徒たちが投資の経験を学んでいくのですが、それを『インベスターZ』のキャラクターとコラボレーションをしながら運営しています。

例えば『インベスターZ』を読んで投資してみたいなと思っているところに投資部があるとスムーズに実際の投資を経験することができます。
物語と現実を、どうリンクさせていくのかを考えて実践することも面白いと思っています。