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無軌道な愛に走り、浮気や不倫をすることで自分を満たそうとする「あり方」は、どちらかと言えば動物に近い

昨今、浮気や不倫など、人々の日常の中にあふれている
身近でもあたりまえのように目にするものでもある

動物の「本能」なのであろう
男女がお互いを求め合う「欲望」なのだ

ただ、この欲望のあつかい方には、その人の「あり方」が如実に顕われる


無軌道にこの「欲望」を解き放てば、己の性を満たすまで、相手を探し求め続けることになろう

または「欲」があっても、自分の中で消化し、適切な形で自分を満たすことができる人もいるわけで、それは人それぞれなのである


人はなぜ故に、このコントロールし難い「欲」をもって生まれ来るのであろうか

野生動物のような「子孫繁栄」だけが目的であればしごく簡単ではある。だが人の性はそれだけではない。この性欲との付き合い方は、人類にとって至難の業である

男女関係のもつれは人生を狂わすことすらある

人は愛する人と同じ時間を重ね、様々なことを共有したいと願う。それは、身体を重ねあわせることも含めてだ

私はここに「人を愛する」という、人類が学ぶべき大きな事柄があると思うのだ


心理カウンセラーの仕事をしていると
この「愛する」「愛される」ことがうまくいかなくて
思い悩む人が多いことに驚かさる

恋愛相談、婚活相談のニーズが圧倒的に高い
それだけ、「愛について」日々の生活の中で、思い悩んでいるということだろう

浮気問題、不倫問題は、心の振幅が激しくなる項目である
なぜなら「自分の価値」を測る指標が、男女関係の中に存在する

「自分の好きなように生きること」が自分らしさだと思い
無軌道な愛に走り、浮気や不倫をすることで
自分を満たそうとする「あり方」は、どちらかと言えば動物に近いものを感じる

そこには、相手に対する「尊厳」を感じられないのである

その動物的な本能が「嫌悪感」として伝わるのだろう
いまだに、不倫は世間的には肯定されてはいないように
倫理的観点以外でも、受け入れられ難いものである


だが、この世界の79億人近くの人がいる中から
生涯ただ一人だけしか愛してはいけないという倫理的制度も
いかがなものかとは個人的に思うが

そこに、自分の欲望に捉われた動物的な「愛情表現」なのか
自分のあり方としてのヒューマノイド的な「愛情表現」なのか
その違いがあると思うのだ

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