見出し画像

人にやさしくしてもらいたいんだね。

カロリーメイトのCMで歌われている「人にやさしく」が、すっと心に入り込んで、気づけばいつも口ずさむようになってしまった。

もちろん、ザ・ブルーハーツの人にやさしくももともと好きだったし、歌のうまさと力強さには敵わない。

でも、今の私の弱りに弱った心身に響いたのは、高校生という未成熟で、まだ何者でもなくて、無敵なようで孤独な存在が奏でる、心なしかか細く聞こえる歌声の方だった。

***

あと数日で、体から赤子を送り出さなくてはならない。

それは本当に喜ばしくて、ありがたくて、めでたいことであるという理解はもちろんある。
でも、そういうポジティブな感情すべてを覆い尽くしてしまうくらい、今の私の心は不安で、こわくて、ものすごく独りきりだ。

体のあちこちが痛い。重い。
謎の発疹ができたし、アレルギーが重くなった。
初期の頃はひどいつわりと切迫流産で自宅安静にもなった。

でも私の場合、体の変化以上につらいのは、気持ちの保ち方がわからないことだった。

体の中に、自分たちが作ることを決めた自分以外の生命がある。

それだけでも、人として何かものすごく不遜なことをしているような、空恐ろしい気持ちになる。
「人の命を奪う」
のと同じくらい、
「人に命をあたえる」
ことも、重い重い出来事なのではないか、と。

ましてや今、その生命の行く末は、私の一挙一投足に握られているのだ。

共に彼(お腹の中の子は息子らしい)を作った片割れであるはずの夫にすら、この焦り、押し潰されそうな責任感が正確に伝わらない。

なんだかもう、絶望的なまでに私は今、独りだ。

***

人は誰でも くじけそうになるもの
ああ 僕だって 今だって
叫ばなければ やり切れない思いを
ああ 大切に 捨てないで

夫不在の昼間、近くにある実家で布団にくるまっていたら、細く、弱い声が聞こえた。

妙に歌詞が際立って聞こえたのは、言葉の一つ一つが立っていたのは、声自体に色がついていなかったからかもしれない。
もちろん、CMに出ている子たちはみな役者なのだろうし、本当の高校生かどうかもわからないのだけれど。
それでも、歌手のようにテクニックがあるわけでもなく、変に主張のない歌声は、歌詞そのものが持つ力を届けるのに適していたのだと思う。

人にやさしく してもらえないんだね

うん。うんうん。

CMに登場する受験生たち同様、たくさんの人たちに気を遣われ、心配や迷惑をかけているこの身だ。

だけど、心から思うのは、もっともっとやさしくしてほしい。

それはつまり、私に100%共感して、寄り添って、一緒に怯えて、「わかる、わかるよ」と言ってほしい……ということなのだ。

でも、そんなことは無理なのだということもわかっている。

僕が 言ってやる
でっかい声で 言ってやる

僕って誰なんだろう。
友達でも、親兄弟でも、ましてや夫でもない、誰か。

それでもなんだか、泣きたいくらいその誰かにお願いしたい。

助けてください。

ガンバレって 言ってやる
聞こえるかい
ガンバレ!

***

数日後に予定された入院先に音楽を持ち込む気はないけれど、私は繰り返し繰り返し、頭の中で唱えると思うのだ。

僕が言ってやる。

でっかい声で言ってやる。

ガンバレって言ってやる。

聞こえるかい。

ガンバレ!

いるはずのない誰かを歌の中から捜し出してエネルギーにし、私は独りを耐え忍ぶ。

そして、まだこの世界に存在していない誰かを外へと送り出し、二人になって、日常へと帰ってくるのだ。

それまでは、

ガンバレ。

この記事が参加している募集

コンテンツ会議

サポートをご検討いただきありがとうございます! 主に息子のミルク代になります……笑。