俺達は松坂大輔から平成を見ている

※これは2018年文春フレッシュオールスターに出して落選した文章です。この度松坂投手の引退と聞いてふと思い出したのでよろしければどうぞ


 オールスター投票の中間発表でえらい事が起きた。
セリーグの投手部門ではまさかの松坂大輔が選手一位という状態につけているのだ。
平成の怪物、と言われたあの男が遂に帰ってきた。
特に我々三十代の、そろそろ若者というには苦しい年齢になった、おじさんおばさんに片足突っ込んだ連中からしたら、感慨深くもあり嬉しくもある。
 そろそろ若者と呼ばれなくなった昭和生まれから平成一桁年代生まれの俺達にとって、松坂選手はヒーローであったし、彼がまたヒーローとして帰ってきてくれたことは嬉しいものなのだ。

 特に彼がソフトバンクにいた頃の事を思い出すと、まあまあひどい言われようだった。ネットを中心に不良債権とよく呼ばれていた事を思い出す。WBCの時にイチロー選手が彼に言った「お前深い所で野球舐めてるだろ」をネタにしてよく乾いた笑いと共に茶化していたものだった。
 しかしここで勘違いはしないでもらいたい。
 どれだけ茶化し、野次の一つや二つを飛ばそうとも、誰もが彼に期待していたからでもある。
 どこかで西武時代や日本代表の時、さらに言えばボストンでも先発をしていた時の輝き、というものを忘れられない、そろそろ青年期に入った若者引退寸前組から既に引退しておじさんおばさんになってしまった連中の「そんなお前を観たくなかった」という言葉の裏返しでもあったのだ。

 その彼が今年中日ドラゴンズに移籍した時、誰もが思ったと思う。それは落合政権一年目の開幕戦、ヤクルトからFAで来た後、怪我で全く活躍できなかった川崎憲次郎選手を。
 背番号99というのもあって、中村紀洋選手の再来か? とメディアは飛ばしていたが、去年までのソフトバンクでの彼を見ていた人間からしたら、どう考えたってそこには至らなかったはずだ。
 むしろ、先発をやらせてみて、行ける所まで行けたら儲け、下手したらキャンプで話題を拾えたら成功、程度に考えていたファンは少なくなかったはずだ。
 落合政権一年目の開幕戦で登板した川崎選手のように、悪い言い方をすれば死に場所を与えられたように松坂選手の契約は、まさに死に場所を見つけたようにしか見えなかった。
 彼は一年目のコーチが監督するチームの元で、周りに可愛がられながら選手生命を終えるのだ。彼の選手生命終了と同時に我々の生きた平成も終わるのだ。
誰もがそう思っていたはずだったのだ。

 蓋を開けてみればこの記事を書いている六月八日時点で三勝目をマーク。ハーラートップに食い込む事はなくてもなんだかんだ先発をこなしている。これを予想できた人も少なくなかろう。二月の時点で我々が考えていたのはナゴヤ球場でたまに中継ぎで出てくる程度で、結局復活の兆しすら見えてない姿だったはずだ。嬉しい誤算。中日ファンではない人でさえ嬉しくなる、王の帰還であった。
 もうエースと呼べるような力はない。
 だが、それでも、俺たちの松坂大輔が。
 平成の怪物が、帰ってきた。

 その一方、俺はは少しだけ虚しさを感じている。
 どれだけ彼が復活したと言えども、全盛期の彼がいるわけではない。
 数字で見てしまえば現時点で三勝、その一方でハーラートップは広島の大瀬良選手が二桁に乗せようかという九勝目。首位と下位との差があるとは言えども、彼を両手放しで喜んで投票するようなものではない。
 きつい事をいうようだが、実力で選んでいるのではない、という身も蓋もない結論を敢えて見ないようにして、今回のオールスター投票の中間発表がある。
確かに夢は与えている。特に俺達の世代には。
しかし、それ以上のものはない。
彼よりも票を取っているだろう選手が山ほどいていいはずなのに。

 俺は、これを平成への鎮魂歌と見ている。
 来年にもなったら平成は終わり、新しい年号になる。平成の怪物が最後の力を振り絞って若い力に挑むように、俺たちも若者でなくなった。昭和生まれは全員中年へ。あれだけゆとりだのなんだの言っていた平成生まれの若者も、若者ではなくなり始めた。
 その過ぎ行く時代を、昭和は美空ひばりと、我々プロ野球ファンで言えば阪急ブレーブスと南海ホークスが担ったように、平成が終わり行く事を知らせる歌を、松坂大輔が歌っているように思うのだ。
 だとしたら、この現在の数字に見合わない得票数も納得がいく。
 松坂大輔に投票することで、過行く平成という時代に、多少セピアがかった思い出を我々は見ているから、彼は中間発表で一位なのだ。

 我々は、松坂大輔に、過ぎていった平成という時代を見ている。
 新しい未来に進む喜びがある一方で、過ぎ行く過去に我々はどこか哀愁を感じ、平成の落日を、彼に投票する形でそれぞれ踏ん切りをつけているのだ。
 そう。彼への投票は、平成という時代へのお別れでもあるのだ。

 平成の怪物と呼ばれた彼が現役晩年、最後の火を燃やしている姿を喜びながら、どこかセピア色に染まっていく平成を垣間見て、悲しんでいる俺達がいる……。

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