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短編小説「ジェリーフィッシュ・キッカー」

 昼間の三時過ぎ、俺は海辺の公園を宮本と歩いていた。おっさんが二人。それに犬のポックン。リードを持つ宮本はおっかなびっくりだ。ポックンは中型犬とはいえ、ひっぱる力が意外と強い。

 ポックンは道脇の草むらに頭をつっこんでいた。

「拾い食いしないように気をつけたってや」

「お、おう」

 宮本は焦りながらリードを引っ張った。

「こないだ死んでいる雀を食べようとしてたからな。ちょっとドン引きしたわ」

 室内で飼われているといっても、犬はしょせん野獣よなと思わされてしまう。ポックンは柴犬とパグのミックス犬で、下アゴがしゃくれている。そのせいか、つねに牙が見えている状態。犬マニアからは「この犬、なんて犬種ですか?」と興味を持ってもらえるが、その異形じみたルックスのせいか、女や子どものウケはすこぶる悪し。

 嫁の不倫がきっかけで離婚して以来、俺はひとり。置いていかれたポックンがいるので孤独にはなりきれないが、人と会話する機会なんてあまりない。なので月に一度ほど友人の宮本が『訪問介護』と称して遊びにきてくれる。電車で一時間ほどかけて隣の県からわざわざ。

「最近、君のほうはどうや? コロナの影響とかある?」

「いいや、俺は一日中、家にいるからぜんぜん」

 俺は家でできる仕事をしているので、外に出るのはポックンの散歩のときくらい。

「そうか、うらやましいな。俺のまわりではな、ショートフィルムを動画サイトにアップする人が増えてきたわ」

 宮本がいうには演劇をやっていたり、写真スタジオをやっている友人が突如、ユーチューブチャンネルを開設し、けっこうな頻度で更新をしているという。

「舞台なんてさ、せまいところで飛沫とばしながら演るものだから、そら公演なんかできひんよね」

「どんな動画をアップしてはるの?」

 写真スタジオの人は飼い猫の動画、演劇の人は短編ドラマっぽいものをアップしているという。

「で、その短編ドラマ面白いの?」

「十分くらいの長さの動画で、それっぽい雰囲気の自主映画みたいな感じ。ストーリーはあってないようなものやね。ただ、回を増すごとに画面エフェクトとか編集技術がめきめき伸びててさ。成長しているのが感じとれておもろい」

 それって作り手が意図した面白さではないよな。そんなショートフィルムだが、ちょっとした問題が起きているという。

 ストーリーは演劇をやっているアラフォー夫婦の日常を描いた内容なのだが、十話あたりで妻が出産し、赤子が誕生。それ以来、ただでさえ薄かったドラマ要素が消え去り『赤ちゃんを愛でる動画』に成り下がってしまったのだという。

「俺は、猫や犬などの小動物は好きやけど、赤ちゃんのことがちっとも可愛いとは思えへんねん」

 宮本はたちどまり、ポックンの背中を乱雑にごしごしとこすりつけると、大きなため息をついた。そしてこう続けた。

「俺は赤ちゃんをつくる行為は大好きだが、赤ちゃんはさほど好きでもないからな」

「なんか最低発言やな。どくだみ荘の主人公が言うてたやつや」

「ドン!」

 そして宮本は満面のドヤ顔を見せる。なんやこいつ。犬のポックンが「あうあうあ〜」と不思議そうな顔をして尻尾をふっている。

「職場のチンピラみたいなやつがいたんやけど、そんなやつですら親戚の赤ちゃんの写真を嬉しそうに見せてきてさ。俺は赤ちゃんを可愛いと思えないサイコパスなのかと悩むときがあるんや」

 他人の赤ちゃんを可愛いと思えないことがサイコパス?

「そんなことないやろ。他人の赤ちゃんが可愛いんやったら、やたらと動物を愛でる番組が多いように、赤ちゃんを写しまくるバラエティがもっと放送されるはずや」

 うちの夫婦も子どもを作らなかった。離婚した今となっては、それは正解のことのようにも思えるが、もし子どもがいたら全く別のライフスタイルになっていたのだろうかと、イフの生活を考えることもある。

 毎日毎日、暇な生活をしているせいか、過去のことばかり思い出してしまう。

 前方からゴールデンレトリバーを連れた若いカップルが近づいてきた。俺は宮本からリードをうけとり、強い力で握る。ひとまわりもふたまわりも体の大きい相手に、ポックンはがうがうと吠えていた。レトリバーは我関せずというふうにしゃきっとしていた。俺たちはレトリバーの飼い主たちに軽く会釈をし、そそくさと通り過ぎた。

「いまの若いカップルたちは俺たちのことをゲイ・カップルだと思うのかね?」

 宮本は嫌なことばかりを言う。だけどこいつのゲスいところは嫌いではない。相手にしていて飽きがこない。

「そんな短絡的な人ばっかじゃないやろ」

 だが、別れた元妻なら確実に言っていたであろう。どっちがセメでどっちがウケやろ? あー、気持ち悪! と差別的な発言をしていたであろう。ほら、こうやってまた元妻のことばかり考えてしまう。

       ※

 アスファルトの散歩道をぬけ、砂浜にまでやってきた。ポックンは砂浜を歩くのが好きだ。だけど油断すると海藻やビニールの類いをすぐ口に入れようとする。

 夏はとっくに過ぎ去り、秋にさしかかった頃だというのに、砂浜というのには一年中、絵になる。陽が沈みかかり、光がきらきらと水面を反射する。おっさん二人、それにキュートとはいいがたい異形の犬、にもかかわらず素敵感あふれる風景になっている。

 俺もヒマやし、ショートフィルムでもつくったろかしらん。

 砂浜をよく見ると、転々と光る物体が落ちていた。俺も宮本も最初はビニールの類いだと思っていた。

 が、よくよく見るとそれはクラゲだった。もっともポピュラーな、人をよく刺すやつ。前日の台風の影響で浜に打ち上げられたのだろうか。

「これ、死んでるのかね?」

「さあな、動いているようには見えないけどね」

 ポックンが食べれるものだろうかと鼻を近づけている。ほんと、こいつ、なんなん?

 宮本はおもむろにクラゲを蹴り上げた。見事な放物線を描いてクラゲは海に落ちる。まるでロングパスのように見事に決まっていた。

「俺、クラゲをキックしている人、生まれて初めて見たわ」

 宮本は次々にクラゲを海に向かってパスしていた。クラゲはほどよく水を吸っているのか、おもしろいくらいに吹っ飛んでいく。

「これ、動物虐待になるのかね?」

 宮本はすこし首をかしげた。

「虐待? いちおう母なる海に返しているわけやし。そもそもクラゲって動物?」

「わからん」

 いまのこの映像、自主映画たり得るのだろうか? 俺は心の中でフレームを作ってみた。

 さっきまでのためらいなどなかったように、ふたたび宮本はクラゲキックを始めた。なぜか興奮しているポックン。

 ちょっと、ないな。俺はカメラを置き、足元のクラゲを蹴り上げた。

       完

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