待ち合わせ


私は街へ向かう電車に揺られていた。
その電車が街へ着く時間は、待ち合わせの時刻を少しばかり過ぎてしまう予定であったが、私は気にしていなかった。

気にしていないという表現は的確ではないかもしれない。
私はその日早起きをしていたし、家を出るずっと前に準備も済ませていた。
朝の読書も幾分捗った。
よってその日の私は、もう一本早い電車に乗ることもできたし、もっとゆとりをもって到着する電車に乗ることもできたのである。
にもかかわらず、私は待ち合わせの時刻に少しばかり遅れて到着しようとしていた。
それはすなわち、私自らの意思なのであった。


それは何故か。


元来私は遅刻をする性分ではないし、寧ろ時間厳守の精神が強い方である。
大人とは時間を守るものであり、時間を守れぬ者は大人にあらず。
私は人を待つのが嫌いであるし、同じように待たせることにも気後れしてしまう。

齢三十余年、私は立派な大人であるので、時間というものは寸分の狂いなく守らねばならぬ立場である。
そのような立場にありながら、私の心には葛藤があった。

その日私が約束をしていた人物は、初めて待ち合わせをする者であった。
つまりお互いのパーソナルな部分については、まだ不明瞭な状態であり、その日の一挙手一投足によって互いの印象が組み立てられていく、そういった一日となる予定であった。


そこで私がいつものように十分前に所定の場所に大人しく立っていたら、相手方は何を思うであろうか。
そう、私という人間が几帳面な人物であるという印象を与えかねないのである。


確かに私はある部分では几帳面なところがある。
家での物の配置であるとか、洗濯物の畳み方などにその一端が表れているのだが、そういった細やかなところを除けば、幾分大雑把な人間である。
よって私という人間の総体として「几帳面」であると捉えられることは、私という人間に関する理解が湾曲してしまうことになる。

更に、心理学におけるハロー効果というものがあり、その派生として逆ハロー効果というものがある。
これはその人の特定の分野における評価が、その人全体の印象に繋がるということなのであるが、私といえばロックギタリストというチンピラ稼業であるが故に、世間の目は厳しい。
つまり私という人間はその職業柄故に、きっとその人間性も破綻しているに違いない、という目で見られる。
そんな私が律儀に時間を守ろうものなら、ヤンキーが少し善行をすれば必要以上に好感を持たれるがごとく、実はよく出来た人間なのではないかという誤解を招くことになる。

とどのつまり、私が待ち合わせの時間を守ることにより、私はよく出来た几帳面な人間であるという印象を与える事になるのである。
それは実際の私とはあまりにかけ離れている。


私としては、最終的にはどのように受け止めてもらってもかまわないのだが、こちらから提示する要素として、なるべく誤解を招くような行動はしたくない。
実際と印象の差異はなるべく最小限に留めたい。
よって私は大人であるということを誇示するよりも、誤認を防ぐことを優先すべきであるという結論に達し、少しばかり遅れていくことにしたのである。


更に私は「相手は金髪だから、少なく見積もっても十分は遅れてくるに違いない」という予測をたてていた。
よって私が少し遅れたとて、誰も気に留めないという寸法なのである。


だかしかし、実際に待ち合わせの場所に五分程遅れて辿り着いてみると、金髪の男は既にその場に立っていたのである。
その様子から伺うに、十分はそこにいたであろうといった具合であった。
私は早速度肝を抜かれた。

落ち合った我々は昼食をとるべく歩を進めたが、あろうことか、その男は金髪であるにもかかわらず、私の好みそうな店を予め下調べし、幾つか提案してくれたのである。
私は再び度肝を抜かれた。

適当な店に入った我々はしばらく、適当な話を机に並べて適当にやり過ごした。
その際、彼の指には幾つかの指輪がついていた。
まあ金髪だものな、私はそう思ったが、ふと視線を上げ彼の耳に目をやると、そこにはツルツルの耳があった。

「はて、君は金髪だというのに、ピアスというものを開けておらんのかね」
私が尋ねると。
「開けぬ」
と言った。
私は続けて、
「では身体に墨が入っているのだな」
と言った。彼は、
「ほれ、見てみい。つるつるじゃ」
と腕まくりをして見せた。
私はまたしても度肝を抜かれた。


店を出て喫茶店へ向かった。
「煙草が吸えるとこがええかね」
私が言うと、
「煙草はやらぬ」
「金髪だというのにか」
彼は答えた。
「吸うたことない。因みに酒もほとんどやらん」

なんということであろうか。
その男は私の金髪像にことごとく当てはまらない男なのであった。

「では美味い珈琲をご馳走しよう」
私が言うと、彼は、
「珈琲は飲めないから、ココアかジュースのある店にしてくれたまへ」
と言った。

不思議な金髪だと思った。

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