閉鎖病棟に入る(11)

作業療法では油彩を始めた。描く対象もとくに見つからないので、病院から鏡を借りて、わたしは自画像を描き始めた。ちなみに鏡も割れると凶器になり得るため、病室に持ち込むことは禁止されているもののひとつである。道具一式は病院から貸与された。絵の具代などの諸経費は入院費に含まれていたのかもしれないが、よく覚えていない。わたしは夢中で絵を描いた。自分の顔を見つめると、その表情はやや暗い。けれども以前ほど陰鬱な感じもしない。吹き出物も減ったような気がした。鏡に映る自分の肌をまじまじと見つめて、わたしは病院食とストレス回避の効果とを実感した。

絵をかきながら、ふと窓の外を見る。地下だと思い込んでいたそこは一階で、すぐ外には歩道があるらしい。ネクタイ姿の会社員たちが忙しく歩き去っていくのが見えた。それを眺めるわたしはジャージ姿で、作業療法で油彩を描いている。ビジネスマンの歩いているあの世界に、つい最近までわたしも住んでいた。園長、あるいは牧師として。

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