神は曖昧を好む

「しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。 」ルカによる福音書 2:19
「それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮らしになった。母はこれらのことをすべて心に納めていた。 」ルカによる福音書 2:51 いずれも新共同訳

受胎告知や処女降誕といった言葉は、美術に興味がある人なら耳にしたことがあるかもしれない。いずれも、いわゆる「聖母」マリアが、聖霊によって、処女のままイエス・キリストを妊娠したという出来事を宗教画にしたものである。

マリアはヨセフと婚約したとき、当時のユダヤ教的慣習によれば12~13歳だったという(『新共同訳 新約聖書注解Ⅰ』参照。相手のヨセフは18歳くらいだったようだ)。いくら古代社会では大人扱いされるのが早かったといっても、古代人の平均身長や体格は今よりもずっと小さい。12歳であろうが13歳であろうが、まだまだ子供だ。そんなマリアが、婚約中すなわち結婚前に妊娠した。当時の婚約は結婚と同じように扱われたから、婚約中に夫(となる予定の)ヨセフ以外の子を妊娠したとなれば一大事である。

これは当時の社会では宗教的侵犯行為に当たる。姦淫のレッテルを貼られることは、とくに女性にとって恐ろしいことであった。場合によっては広場に引きずり出され、人々から石を投げつけられて殺される刑を受けねばならない。マリアが天使から受胎告知をされて、まったく恐怖を感じなかったとはいえないのである。夫となるヨセフも、だからマリアのこの妊娠を、それこそ「信じる」か、彼女を見捨てるか、早急な決断を迫られたことだろう。聖書にはヨセフの影は薄いが。

いずれにせよ、マリアは今でいう戸籍登録に当たるような手続のために、身重で長旅を強いられた。産気づいても宿場は満員。家畜小屋(洞窟であったという説もある)でイエスを産んだ。難産や死産も多い古代社会である。ただでさえ姦淫を疑われるストレスを抱えているうえに、安心できる家からも遠く離れた地で、そもそも家屋ではない場所での出産であった。男性であるわたしには想像を絶するものがある。マリアは小さな体で「神の意志」を受けとめた。

ところで、神の子が生まれたというクリスマスの大騒ぎのなかで、マリアひとりだけは「これらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた」という。彼女は自身が産んだ子の命運について、ヨセフや羊飼いたちに語ったりしない。沈黙して、しかし思考を放棄するのではなくて、心はつねにイエス誕生の出来事と共にあって。そうやって思い巡らすのである。

イエスが12歳になって、過越祭のエルサレム詣での帰り道でのことである。マリアとヨセフは、イエスもついてきていると思い込んで帰途に就く。だがイエスはエルサレムの神殿に残り、この若さにして学者たちを相手に対話をしていた。もちろんマリアは母親として、勝手に残ったイエスを叱る。だがイエスは謎めいたことを母に答える。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか」すごいというより、不気味ですらある。12歳の少年が母親に向かって、こういうことを言うのだから。そこでもマリアは、これ以上我が子を追及しない。「母はこれらのことをすべて心に納めていた。」と、マリアの態度はイエスを産んだときと同じである。思い巡らしたとは書いていないが、心に納めて、そのまま忘れてしまったわけではあるまい。当然、静かに、沈黙のうちに、イエスの言葉の意味を思い巡らしていたはずである。

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