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営業時間

第4章 小売業としての本屋(9)

 営業時間はどのように決めればよいか。一見、それほどこだわる必要がなさそうなところだが、とはいえ初めての人は決め方がわからないかもしれない。

 一番スタンダードな基準は、周辺の店の営業時間だ。たいていの小売店は、客の少ない時間には店を開けないので、周辺の店を見れば、その地域の客の動向がおおよそ分かる。効率だけを重視するなら、人のいる時間帯だけ店を開けておけばいいので、周辺の店を参考にしながら人の流れを想像して、営業時間を設定すればいい。

 しかし一方で、多くの人がそのような方法を取るからこそ、営業時間によってお店の特徴や思想を出すこともできる。

 たとえば「代官山蔦屋書店」の営業時間は、午前七時から翌日の午前二時までだ。代官山という立地で、単に周辺の営業時間だけを見ていたら、朝の七時からという発想も、深夜二時までという発想も出てこない。このエリアはアパレルが多く、朝も早くないし、夜も遅くない。なぜそんなに長く営業しているのか、疑問に思う人もいるかもしれない。

 もちろん開店時や閉店時は、他の時間帯と比べたら、比較的空いてはいる。しかし朝の七時に行けば、周辺の住人で犬の散歩のついでに立ち寄る人や、朝活のビジネスマンなどが来ている。夜中の二時に行けば、深夜まで働く資料を探しに来たクリエイターや、渋谷や恵比寿あたりで飲んだ帰りに、タクシーで帰れる距離に住む人なども来ている。

 その人たちは、もともとそうしたライフスタイルを欲していたわけではない。代官山蔦屋書店がそのような営業時間で営業していることによって、「早朝の代官山も気持ちがいいね」「深夜の本屋はこういう使い方ができるね」と思う人が現れた。「蔦屋書店があるから、代官山の近くに住みたい」という人さえ、たくさん生み出しているはずだ。本屋の営業時間ひとつで、その街の商圏を広げ、新しいライフスタイルを生み出し、周辺住人まで増やすようなことがあり得るということだ。

 また、広島・尾道には「弐拾 dB」という小さな古本屋がある。ここは、平日は深夜二三時から翌三時までしか営業していない。誰が来るのかと思う人もいるだろうが、他にどこも営業していない時間だからこそ、その時間に何かしたいと思う客が来る。ぼく自身、初めて行ったとき以来、尾道に行くという人と会うたびに「深夜二三時から午前三時だけ空いている『弐拾dB』っていう本屋があるから、最後に行ってみてね」と伝える。営業時間ひとつで、人に言いたくなる演出ができているのだ。

 営業時間は、あくまで一例にすぎない。それ以外にも、一見こだわる必要がなさそうでも、思い込みや常識にとらわれずに新たな考え方を導入することで、それが他にない大きな特徴となるようなポイントが、きっとあるはずだ。

※『これからの本屋読本』(NHK出版)P180-P182より転載


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