連続ブログ小説「南無さん」第九話

 師走、雪。静まり返った山中の境内に、ただひとつ響く音がある。

 パアン、パアン、と数秒ごと、空を割るがごとき破裂音。草木を震わせ禽獣を目覚ますその音は日の出とともに始まり、鳴り続くことすでに一刻あまりが経とうとしていた。

 先頃、麓の本寺での行を終えた僧が、末寺であるところの山中へ務めに参り上がろうとしたところ、やはりこの音に気がついた。

 はて、一度は杣人の何ぞ生業と思ったけれども、木こりにしては時季外れ、火縄を撃つには頻りにすぎる。賊に盗られる物もなし、さては流れの武者風情が今朝の早くから行を積んでおるものと見える。これは殊勝なことである。いやしくもその行が殺生せんがためならば、たとい一刃受くともこれを諌めて説き諭さんとする構えではあるけれども、竹か立ち木か打ち据えたらんこの音が、かくも一糸と乱れぬからには、余程の鍛錬、余程の精進が思われる。誰ぞ名も知らぬ武人であろうが、その三昧を妨ぐわけにも参りかねる、ということで、僧はまだ浅い雪を静かに踏みしめながら、先方に気取られないように参道を上がっていった。

 境内が近づくごとに、僧は破裂音の他に、なにかを力強く振るう音がすることに気がつく。

 それらは少し重なりあうように前後して、一つに寄り添うように韻律を形作っている。振るっては打ち、振るっては打ち、そのような様が眼に浮かぶようである。

 未だ姿は見ず、しかしその凛とした響きに、次第に僧は心を奪われていった。行で心が清められていたこともあろう。その規則的な響きは滞ることなく僧の胸のうちにすっと入ってきた。覚えず、音に合わせて足を運んでいる。かような者に巡りあわせようとは、これも阿弥陀如来の思し召しやも知れぬ。たとい一刃を受くとも、などと、邪推を重ねた自分を僧はひどく恥じた。音はまるで自分の心を見透かすかのようで、清らかな響きに山全体が包まれているかのようであった。

 そうしてついに境内に顔を覗かせた僧が目にしたのは、虚空を前に佇む一人の裸僧である。

 はて今まで打ち付けていたものとは、と僧が疑問に思うが早いか、裸僧はブンと空を裂きながら己が持っていた棒を力強く振るった。

 パアン!

 あの音が目の前でこだまする。しかし僧にはなにが起こったのかわからない。

 それもそのはず、裸僧の手には何一つ握られていないのだ。

 パアン!

 何を隠そう、裸僧が振るっていたのは己の正中より鉛直やや右寄りにぶら下がる大魔羅。そうして魔羅が打ち付けられていたのは竹でも立ち木でもない。彼の真っ赤に腫れ上がった丹田にである。

 パアン!

 彼は固く踏みしめた大地より得た法力(チャクラ)を大臀にて収斂、会陰に送り込むことで爆発的に魔羅を本願に導き、空をうならせながら魔羅は丹田に発破され、もって体内全土に法力を行き渡らせているのである。

 パアン!

 そこな御仁、これへ来られよ。

 呼びかけられて、僧はハッとした。気づかれていたのだ。あれほど行で研ぎ澄まされていたはずの精神がいともたやすく乱されていくのがわかる。知らず知らず足は裸僧に向かっている。そうしてついに目の前まで来ると、おのづからひざまずいて、彼の反り上がる魔羅に手を合わせてしまった。

 その合掌が、彼の大魔羅に触れたかどうか。

 パンパアン!と今までにない速さで繰り出された魔羅の鯉口を切り、一刃の閃きが僧に浴びせられた。

 あたりの雪に混じり、僧の顔にも、温かい白化粧がついた。

 南無……南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……

 ついに地に額づいて唱え始めた僧をよそ目に、裸僧は何事もなかったかのように山を降り始めた。

 彼の名は南無さん。別に行とかそういうのではなく、少し時間をかけて射精したかったのだ。

 ゆきゆきて師走。全身しもやけであかぎれた南無さんの体は、さながら聖ニコラウスの赤装束である。

 あの僧になにがプレゼントできたのか。それは南無さんにもわからない。

 南無さんだって誰からも、何を与えられたこともないのだ。

 帰ろう。もう今日は、帰ろう。

 あかぎれた南無さんの魔羅筋に、勢いを増したささめ雪がじんとしみていった。

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南無さんは死なんよ、何度でも蘇るさ。