連続ブログ小説「南無さん」第七話

時は平成、世は太平。

アスファルトは熱射を照り返し、南国もかくやとばかりに往来人の肌を焼く。

さながら地獄の様相で沸き立つ陽炎の奥、ビルの影から一糸とまとわぬその身をゆらりぬるりと現したるは、南無さんである。夏なので時流に合わせ、クールビズだ。

さて、かような日照りに半袖を選ぶ人間が多い中、なんの故にか暑苦しく胸元を締め、そのうえ上着まで羽織った黒装束の若者の姿を、さきほどから南無さんは目にしていた。

暑かろう、と南無さんは思う。

心頭を滅却すれば火もまた涼しというが、そんなものは、滅却すべき心も頭もはなから意識せざる南無さんには無用の冗句である。

身を空に晒し、南無さんは常に己の喪に服す。いつどこで果てるとも悔いなど無いのだ。生死は隣り合っており、それらの間隙からじわりじわりと滲み出る人生の妙というのがこのカウパー氏腺液であり、それに続いて我先にとおびただしく躍り出る精子はその髄たるものである。

などというわけで、南無さんが往来を歩みながら世に顕現せしめた生と死のアヴァターである精子諸君は黒装束の面々に降り注ぎ、彼らを白の斑点を染め上げた。

生と死、白と黒、陽と陰――この世に生きとし生けるものの背負える因果を南無さんは厳然と眼の前にあるものとして表したのである。逃れられぬ運命。南無さんはそっと涙しながらもう一息射精すると、己の尻の穴より矢立を取り出だした。そうしてこれらの光景に呆然と立ち尽くす元黒装束の青年の前に立ち、彼の首を締め付け、運命に縛り付けている布切れに陰茎を書き表し始めたではないか。なんということか、南無さんは自分で描いた陰茎にまたも屹然としてしまい、間もなく三度目の放精に至った。さしもの南無さんもこれには唸る他ない。まいったのである。

果たしてもういくらか白に染め上がってしまった黒装束たちの影から、やがて青装束の帽子をかぶった人間が何人か現れて南無さんを取り囲み、車へ引っ張っていった。

南無さんを乗せるなりバタンと音を残して去っていくその車は、奇しくも生死をつかさどる色をしていたのであった。陰と陽、光あるところに影がある。南無さんは己を影とすることで、人の世に光を与えようとしていたのかもしれない。

それはそうとして陰陽と言えば南無さんはどちらでもイケる口だ。ということをひとつ言い添えておく。

のちに彼が語る処によれば、檻の中も悪くなかったそうである。

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