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世界の片隅に居る自分を俯瞰的に自覚している感覚が好きかもしれない.

これは一体何なのだろう。

ミクロな視点とマクロな視点の圧倒的なギャップに惹かれる事にある日突然気が付く。

例えば百貨店某階の外れにあるトイレを見つけてふと入ってみると、表のそれとは全く異質な静寂感に包まれる。そこには誰も居ない。
圧倒的に無機質な空間に安っぽい単調なBGMが静かに流れる。

まるでこの世界から突然切り離されてしまったかのような不安感と妙な安心感に軽い目眩と既視感さえ覚える。


例えばヒトの往来の止まぬ巨大ターミナル駅の入り組んだ迷路の先にある、辺りの混雑とは余りに異質なベンチ付きの休息所。

まるでそこにいるのが運命かのような妙な郷愁感。これは一体何なのだ。


今ここで生きている、その事を知っているのはこの世界でたった一人。誰も知る術は無いし、知るつもりも無いだろう。

僕は確かにここに居て、そして生きています。

そしてその確証は、無い。

死んでるかもしれないし、生きてるのかも。

だから何なのだ。

今日も世界は美しい。

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