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課題|こんな大人になるなよ

某大学の実習の授業で、「額賀も受講生と一緒に課題に取り組む」というのにチャレンジしています。

こちらは前回の課題。

今週も課題にチャレンジしてみました。テーマは以下の通り。

【テーマ】
以下の4枚の写真(A・B・C・D)の中から1枚選び、その写真をもとに小説を書いてください。
【原稿規定】
・400字詰原稿用紙で10枚以内
・A4の紙に縦書きで、40字×36行のレイアウトにする
*文頭にA・B・C・Dどの写真を選んだか明記すること。

今回は「A」の写真で書きました。

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こんな大人になるなよ

 缶ビールで乾杯をした直後、後輩作家の榛名忍は「俺、意外と焼くの得意なんですよ」言って意気揚々とお好み焼きのカップを摑んだ。

 曇ったステンレスのカップに、向かいに座る自分の冴えない顔が一瞬だけ映り込む。カップの曲面に沿って歪んだ真咲真人の顔は、いつもにも増して間抜け面だった。デビューから六年。特別売れているわけでも売れていないわけでもない、絶妙に中途半端な場所をうろうろしている作家の顔だ。そういえば、久々に飲んだビールも、今ひとつ美味いと思えなかった。

「じゃあ、任せる」

 言った瞬間、体がぐらりと揺れた。開け放たれた窓の外で、白波が弾ける。九月もあと一週間で終わりだというのに、川の匂いも水面で弾ける太陽光の欠片も、夏だ。まだまだ終わってやる気はないというどや顔の夏。

「〆切やっつけたんで、屋形船にでも乗りませんか」と先週末に連絡してきたのは榛名だった。真人がデビュー五年目、榛名がデビュー三年目という頃に知り合い、二、三ヶ月に一度飲む仲がもう一年続いているが、彼が屋形船に乗ろうなんて言ってきたのは初めてだ。

 何か理由があるのかなあと考えると、思い当たる節はいくらでもある。大方、梅雨明け直後に真人がシリーズの打ち切りを宣告されたから、それの残念会といったところか。いっそ「残念会しましょうか」と言ってくれた方が気分も晴れ……いや、晴れないな。

 隅田川を下った屋形船が東京湾に入ったと、船のスタッフがアナウンスした。途端に、乗船客が一斉に「おお~」と歓声を上げる。川から海に入っただけだというのに、畳の敷かれた満員の船内が浮き足立った。ぎっしりと並んだ鉄板付きの卓袱台からは、淡く煙が上がっている。

「ねえ、榛名さん、本当に焼くの得意なの?」

 生まれたての仔牛のような危なっかしい手つきでお好み焼きをひっくり返そうとする榛名に、溜まらず声をかける。彼はぎくりと音が聞こえてきそうな顔で真人を見た。

「おかしいなあ、高三までは得意だったんですけど……」

 奇妙な嘘をつく彼に、「貸して」と両手を差し出す。

「俺が落ち込んでると思ってる?」

 榛名からヘラを受け取り、歪な形になってしまったお好み焼きをまずは整えてやる。その間、押し黙っていた榛名だったが、観念したように首を縦に振った。

「真咲さん、シリーズの打ち切り、二度目なんで」
「そりゃあ堪えたけど、もう次の小説書いてるよ」

「先々週くらいに、ツイッターで『あと半歩で死にそう』とか言ってたじゃないですか」

「原稿の〆切が二本重なってる日にパソコンが壊れて、とどめを刺すみたいにマンションの上の階で水漏れが起きたからな」

 勢いをつけて、お好み焼きをひっくり返す。生地は崩れることなく綺麗に鉄板に着地した。榛名が目を丸くして、途端に柔和な表情になる。「あ、どうやらこの先輩作家は大丈夫なようだ」と、今この瞬間納得したのだろう。
今更ながら、俺はずっと気を使われていたようだ。そういえば、初めてシリーズが打ち切られたとき、真っ先にこの後輩に愚痴ったのだった。後輩のくせに、真人より十歳以上年下のくせに、売れっ子作家の道を着実に歩いている榛名忍に。

「別に、仕事が一気になくなったわけじゃないし。死にそうになるくらいには〆切があるし」

 自分はまだ恵まれている方であると、自分が一番わかっている。「贅沢言いやがって」と毒づく同業者もいるかもしれない。

 でも、自分が抱えている危機感は自分だけのものだ。危機感に溺れるだけ溺れて、「ああ、そろそろ息継ぎしないと」と自分で思い至って、「しょうがないからまた泳ぐか」と手足を動かす。そうやって、真咲真人は小説家を六年やってきた。

「よかったです。安心しました。俺、真咲さんがいなくなると飲みに行ける同業者がいなくなっちゃうから」

 ふふっという榛名の笑い声が、野太い歓声に掻き消される。周囲を見ると、乗客達が窓の外に揃って手を振っていた。

 釣られて窓の外を見やった榛名が、「あ!」と声を上げる。

「水上バスだ」

 屋形船に並走するような形で、レモン色の水上バスが走っていた。真っ青な帽子を被った子供と、その保護者らしき大人が何十人も乗り込み、屋形船に向かってもの凄い勢いで手を振っていた。

 学校の社会科見学だろうか。地域の親子イベントだろうか。遠目にも子供達の笑顔がよくわかる。こちらはこちらで、乗客が自分の甥っ子や姪っ子を前にしたような顔をしていた。「きゃー」「わーい」と綿パチのような声が飛び交う中で真面目に仕事の話をしているのが、救いようがないくらい愚かなことに思えてきた。

「屋形船、ありがとう」

 半分ほどしか飲んでいなかった缶ビールを、思い切って空にした。お好み焼きにソースと鰹節をかけながら、榛名は「お気に召しました?」と頷いた。

「いいよな、この……全員馬鹿になってる感じ」

 川から海に入っただけで大歓声。ビールの空き缶が卓袱台から転がり落ちただけで大笑い。お好み焼きが焼き上がっただけ、ソーセージが運ばれてきただけで拍手喝采。みんな、喜んだり笑ったりするハードルがとてつもなく低くなって、何をしても幸福だという顔をしている。

 波の動きに合わせて船内が揺れるのも、窓から潮風が吹き込むのも――この空間のすべてが人をそうさせるのかもしれない。屋形船とは、そういうものなのだろうか。

「確かに、あっちの子供達の方がよほど教養のある休日を過ごしてる気がします」

 まだ近くにいる水上バスに向かって、榛名が手を振った。気づいた子供達は、飽きずに振り返してくる。

 酔っ払った男性客が缶ビールを水上バスに向かって掲げながら、「子供達~、こんな大人になるなよ~」と叫んで、船内がどっと湧いた。誰かが「違いねえ!」と笑った。「大きくなれよお」「勉強しろよお」「親孝行しろよお」と、溶けたアイスクリームのような声が次々と飛ぶ。水上バスで海から東京を眺めている子供達は、お向かいの屋形船で大人達がどろどろになっているとは思うまい。

 それに比べたら、自分達はまだ、形を保っている。淵の方が溶けかかっているが、まだ器に盛られたときの形を保っている。

 榛名も同じことを考えたのだろうか。焼き上がったお好み焼きをヘラで切り分けながら、ふふっと再び肩を揺らす。

「『こんな大人になるなよ』って笑いながら言えるのって、いいもんですよね」

 お好み焼きの真ん中。一番分厚くてふわふわの部分を、彼は真人の取り皿に置いた。

「どうして?」

「こんな~って卑下してるように見せかけて、今の自分をちょっと誇ってるってことじゃないですか」

「……違いねえ」

 何だか、この船の上でこのまま溶けずにいるのはもったいない……損をしているように思えてきた。通りかかった店員に、ビールのお代わりを注文した。水上バスはルートを変え、屋形船から離れていった。

 潮風がほのかに涼しくなった気がした。どや顔の夏の空気に秋が滲む。そうなると、夏が名残惜しいなんて贅沢なことを考えてしまう。

 そうだ、船着き場の近くにビアガーデンがあった。屋形船を下りたら、榛名とそこになだれ込もう。この船に乗る大半の客が、同じことをしそうだ。

 まあ、いい。溶けよう。周囲の連中のようにどろどろに溶けて、べたべたになって、馬鹿になろう。親戚の子供に「こんな大人になっちゃ駄目だからな」と高笑いしたくなるような、そんな愚かな自分に。

 そして明日の朝、自宅のベッドで目を覚まして、「昨日の俺は馬鹿だったなあ……」と笑おう。


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小説家。青春小説やスポーツ小説をよく書きます。2015年松本清張賞・小学館文庫小説賞受賞。『タスキメシ』『拝啓、本が売れません』『風に恋う』『競歩王』など。詳しくは公式サイトへ▶http://nukaga-mio.work/

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