風に恋う|額賀澪|番外編

7
記事

風に恋う|番外編|栄冠は誰に輝く|04



 意図がわからない。

 ピッチングマシンから飛んでくるボールに向かって思い切りバットを振りながら、何度も何度も思った。

 「野球、やりにいくか」と突然言い出した瑛太郎に「遠慮しておきます」とは言えなくて、わざわざ電車に乗ってバッティングセンターまで来た。

 いや、確かに、野球の話はしてたけど。そもそも俺はオーディションのときのこととか、部長である茶園のことを先生に聞きたかったはずなのに

もっとみる
ありがとうございます。
18

風に恋う|番外編|栄冠は誰に輝く|03



 いつまでも音楽準備室にいたら「休息日に活動している」と他の先生から咎められそうで、瑛太郎は堂林を連れて特別棟を出た。

「手伝ってくれた礼にジュースでも奢る」
「いいですよ。脚立押さえてただけだし」

 彼はどうやら、話の続きをもう求めていないようだった。
 果たしてそれでいいものか。考え考え、正門へと続く並木道を二人で歩いた。黙っていれば堂林とはこのまま駅前で別れて、彼は明日以降もいつも

もっとみる
ありがとうございます。
18

風に恋う|番外編|栄冠は誰に輝く|02



「雨漏りがなあ、凄いんだよ。手伝ってくれる人がいてよかった」

 そのつもりで音楽準備室に来たわけじゃなかったんだけどな。錆び付いた脚立を両手で押さえながら、堂林は天板の上に立つ瑛太郎を見上げた。

 千間学院高校吹奏楽部のコーチに四月からなったばかりの不破瑛太郎の横顔は、小学生の堂林がドキュメンタリー番組で見た頃とほとんど変わっていない。

 テレビの向こう側にいたはずの瑛太郎が音楽室に現

もっとみる
ありがとうございます。
18

風に恋う|番外編|栄冠は誰に輝く|01

---

 珍しく音楽準備室にやってきた三好先生は、カレンダーを眺めて「オーディションまであと五日か」と呟いた。

「みんな頑張って練習してますよ」
「瑛太郎の頃は部員が五十人しかいなかったから、全員がコンクールメンバーだったもんな」
「今頃になって先生の苦労が想像できるようになりました」

 実力が追いついていようとなかろうと。意欲があろうと、なかろうと。三好先生は全員を全日本まで引っ張っていっ

もっとみる
ありがとうございます。
20

風に恋う|番外編|サンライズ・マーチ

---

 汗が目に入って、思わず舌打ちをしてしまった。

 いいところだったのに。
 いい感じに吹けていたのに。

 首にかけていたタオルで額を拭って、ついでに髪や首回りや腕も拭いて、水を飲んで、基はもう一度サックスを構える。

「暑い! 無理!」

 背後から堂林の苛々した声が飛んできて、基は振り返った。トランペットを片手に、彼は廊下と非常階段を隔てるドアに体を預けていた。「あ、ここ冷たい。気

もっとみる
ありがとうございます。
24

風に恋う|番外編|春の祈り

---

 誰もいないのに音楽が聞こえる気がした。

 風の音だろうか。チャペルの周囲に生えた木々が風に揺れて、青いステンドグラスを通して差し込む光が、ゆらゆらと揺れているからだろうか。

 自分が高校生の頃、この場所で一人こっそりサックスの練習をしたり、年に一度の吹奏楽部の定期演奏会をしたりしていたからだろうか。あのときの自分の音が、まだこの場所に残っているのかもしれない。
 そんなことを、考え

もっとみる
ありがとうございます。
25

風に恋う|番外編|ラメント

---

 久々に訪れた母校だったけれど、瑛太郎(えいたろう)が守衛所の警備員に呼び止められることはなかった。

 大学を卒業して、まだ二年もたっていない。警備員の目には、自分の姿は現役の学生にしか見えなくて、社会人らしい何かしらも、きっとまとえていないのだろう。
 四年間過ごした大学のキャンパスから懐かしさを感じるような年でもない。当然、ない。

 中庭を横切って、部室棟へと向かう。「吹奏楽部」

もっとみる
ありがとうございます。
28