『風に恋う』β版|額賀澪|試し読み

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記事

『風に恋う』β版|目次

序章|凍てつく夜に『夢やぶれて』
01 | 02 | 03 | 04

第1章|追憶と『二つの交響的断章』
01 | 02 | 03 | 04 | 05

06 | 07 | 08 | 09 | 10

11 | 12 | 13 | 14 | 15

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風に恋う β版|第1章|15

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 同じフレーズを繰り返しているうちに、気がついたら五時半近くになっていた。そろそろ合奏が始まる時間だ。楽器を抱えて急いで第一音楽室に戻ると、普段は全パートが揃った頃にやって来る瑛太郎が、すでに指揮台の上に置かれたパイプ椅子に腰掛けていた。膝に頰杖をついて、ぼんやりとスコアを眺めている。似たような場面を昔、テレビで見たことがある。

 すべてのパートが集まったタイミングで、普段だったら玲於

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風に恋う β版|第1章|14

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「瑛太郎先生に、吹奏楽部のことどう思うかって聞かれたんですけど」
「あ、それ俺も聞かれたわ」

 パートごとに分かれてチューニングと基礎練習を終えて、個人の曲練習に移ろうとしたときだった。サックスパートで基と同じようにアルトサックスを吹く二年生の池辺豊先輩と三年生の越谷和彦先輩が、そんな話をし出したのは。

「先輩達もですかっ?」

 パート練習で使っている二年一組の教室に、自分の声が予

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風に恋う β版|第1章|13

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「昼休みに悪かったな」

 音楽準備室は実質吹奏楽部の顧問の部屋だ。さほど広くない部屋の中には長机が置かれ、本棚からは楽譜がなだれ落ちそうだった。

 基と堂林に椅子に座るように言った瑛太郎は、部屋の隅の冷蔵庫から取り出したペットボトルの麦茶をグラスに注いで、基達の前に置く。

「君達に聞きたいことがある」

 自分の分の麦茶を手に、瑛太郎は窓ガラスに寄りかかってこちらを流し見た。麦茶に

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風に恋う β版|第1章|12

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「瑛太郎先生もさあ、昔みたいにガツンとビシッとやってくれればいいんだよな」

 朝練のことを堂林は昼休みまで引き摺っていた。弁当を広げる基の前の席に座って、コンビニのメンチカツサンドをかじりながら、同じことばかりを繰り返す。

「正直、それを期待してたのに」
「さすがにコーチになったばかりだから、いきなりそうするわけにもいかないんじゃないかな……」

 自分の言葉尻がどんどん弱々しくなっ

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風に恋う β版|第1章|11

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 里央とは駅までたいした話をすることなく歩き、同じ電車に乗った。里央より一足先に降りて歩道を歩いていたら、後ろから軽快な足音が近づいてきて、「おはよ!」と背中を叩かれた。

「一緒の電車だったね」

 暗い紺色のプリーツスカートと二つ縛りの髪を揺らし、玲於奈が基の隣に並ぶ。

「声かけてくれればよかったのに」
「だって、里央ちゃんと話してたから。しかも里央ちゃん、機嫌悪いみたいだったし」

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風に恋う β版|第1章|10



「もう早起きからは解放されると思ってたのになあ……」

 トーストをかじろうと大口を開けた瞬間にそんなことを言われ、基はそのまま固まった。眼球をきょろりと動かして、台所に立つ母の背中を見る。焼きたての厚焼き卵を包丁で切って、弁当箱に詰める。電子レンジから冷凍ハンバーグを取り出して、同じく詰める。

「五時起きの生活ももう終わりだと期待してたのに」
「す、すみませんでした……」

 中学三年間

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風に恋う β版|第1章|09

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「……マジかよ」

 彼女からメールが届くと「マジかよ」と声に出してしまうようになったのは、大学を卒業してからだ。同じような場所を歩いていると思っていた相手が、遥か遠くに、いとも簡単に飛び立ってしまってから。

 額に手をやって、瑛太郎はメールを開封する。件名は『お久しぶり』。一年以上会っていないのに、メールの本文は短かった。

『ついに吹奏楽部の顧問になったってねー! 約束通り作ったよ

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風に恋う β版|第1章|08

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 徳村が夕食を食べ終え、「あと三本、原稿が残ってるから……」と言って自室に引っ込み、瑛太郎も風呂に入って自分の部屋に戻った。

 瑛太郎が契約社員として務めていた学習塾を辞めたのが去年の年末。大学卒業後に広告制作会社へ入社した徳村が、「こんなブラック企業にいたら殺される!」と退社してフリーライターになったのが今年の一月。ちょうどアパートの更新時期が近づいていたから、家賃を節約するために一

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風に恋う β版|第1章|07

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 玄関を開けたらダイニングは真っ暗だった。瑛太郎が使っている洋室ももちろん暗いが、その隣にある和室のドアからは、うっすら明かりがこぼれている。

 帰りがけに持たされた肉じゃがの入った紙袋を抱えたまま、瑛太郎は和室の戸をノックした。返事は聞こえないが、「開けるぞ」と言ってドアノブを捻る。

 煌々と明かりが灯った六畳の和室の中央で、徳村尚紀はノートパソコンと睨めっこしていた。畳の上で胡座

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