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《第一巻》侍従と女官 6 ふじはらの物語り   原本

彼は、思った。

“よっぽどつまらぬ女なのであろうか。この者の妻女というのは。せっかくの果報をどぶに捨てるような者というのは。”

そして、こうも考えた。

“決して醜女(しこめ)ではあるまい。”

そういうことであれば、本人も、周囲も、「踏ん切り」をつけることがかなう。

家春が外に佳人を求めるにつき、さした異論も差し挟まれまい。

“そのような状況であれば、実際、彼が行動に移すような人間であろうとなかろうと、ああまでの憂愁を背に帯びることなどあるまいて。

醜女というのは、かえって男の気を逸らさない…とも。”

平侍従は、家春の妻女を、“それなりの器量を備えた者ではないか”と疑った。“それでいて、高慢であるのか、本当に行き届かないのか、男の要望に応えることの出来ない愚か者。”

“傍目(はため)には「憧れ」を呼び覚ます夫婦が壊れるなど、お節介にも、周囲としては噴飯(ふんぱん)物。さして気の利かない女に限って、彼女が泣くようなことを、周りの者はわざわざ心で痛もうとする。”

家春のことを、平侍従はある意味同情した。

また、彼は、こう考えた。

“この男は、妻のことを全く愛していない訳ではない。また、愛そうと努力している。”

家春のどこか几帳面な性格から、彼は、そう気取ったのである。

“何という遣る瀬のない立場であろうか。”

家春の心情の機微を所詮受け留めきれない妻女の腑甲斐なさを、勝手に想像しつつ、それでいて、人並み、いや、それ以上のモノ、コトを手にしているような女の厚顔ぶりを否応なく頭に巡らす内、平侍従の妄念は、なにがしかの使命感を帯びるまでに、彼の心の底で発酵し行った。


「今日は、お早めのご出仕をお願いしてしまい相い済みませぬ。何分、極めて重要なご説明を致さねばならなかったものでありますゆえ。」

平侍従のこの言葉に家春が返礼しようとした矢先、また、平侍従は語を継いだ。

「そうでありました。今宵、お上のご寝所に上がられますのは弘徽殿(こきでんの)女御様にございます。」

「ええっ、」

家春は息を飲んで驚いた刹那、横を振り向いて、さらに驚き呆(あき)れた。

決して広くはない御曹司の片隅で、賀茂(かもの)侍従が静かに書物に目を通していたのである。

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