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小説 ふじはらの物語り Ⅰ 《侍従と女官》 39 原本

かように女達の心のざわめきを袖にし行くほどに、家春という者は、彼女達の間で単に『綺麗な絵』としか見られなくなり行く。

それに、ここは宮中。

面白いことには欠かない場所なのである。

家春は、やがて、「几帳面な公達」、もしくは、「几帳面に過ぎる御仁」との定評を男女問わずに獲得したものである。


確かにそうである上に、常に冷静な表情を誇り得る彼は、要するに、他人からして、多少“とっつきにくく”思われがちなのである。


さりとて、彼とて人間。

心に意馬心猿を備えている。


次に、家春が“困ったことだ”と思うことには、同業の女官達である。


以前は、彼女達のことにまでまだ気が回っていなかったのではあるが、今は凄く気になる。


彼女達の中には、時としてゾッとする女がいるのである。

妃嬪が御簾の内にお入りになって、諸人(もろびと)が所定の位置に着くべき時、意図的であるのか、家春の方を望むかのごとき女(おなご)がおるのである。

灯明(とうみょう)の明かりにぼんやりと浮かぶ白い顔の唇は、まるで濡れているかのようであり、嫣然(えんぜん)と、家春に何かを物語ろうとするようでもあるのである。

ほんの一時(いっとき)のことではあれ。


さようなものを見せられては、自分の有り様がこの薄暗がりの中で、誰にどのように見受けられているのかもひどく気になってくる。

そして最近、このお務めに際して、大体組みになっている平侍従のことまでが気になって来る。

家春の心の高まり、揺らぎ、微妙な動きを、静寂の中で一番気取りやすいすぐ傍(そば)に彼は座しているからである。

無論、お務めの最中は並列に端座しており、“お互いの様子を知るべくもない”と、家春は考えていたが。

それでもなお、家春は、このお務めを通じて、特に平侍従の平素よりの熱っぽさのようなものが、自分にひしひしと伝わるのを感じては、“何か見透かされているのでは”と思わざるを得ないのである。

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経世済民。😑