「あまねく奇跡の始発点」の感想

最終章までを読み終わったので、とくに振り返るでもなく、このストーリーを読みながら想ったことをつれづれと書こうと思う。ゲーム内の描写についてはあまり触れないが、内容はネタバレ同然だと思う。

何者かであるということ

人は社会に生き、何者かとして生きていく。人が集まって社会が形成され、さらに社会は人を何者かに規定する。
だからこそ、社会の中の個である人は何者かにしかなれず、自己とは異なる何者かになることはできない。それでも人は想ってしまう。違った未来を歩んだ、自分でない自己を想う。必死に生きて、ふと振り返ったときに寂寥感と後悔が後ろ髪を引く。
もう過ぎ去ったことなのに、つい考えてしまうのである。
「あのとき、別の選択をしていたら」と。

社会に生きていれば、生まれ、能力、適性、性別、環境、その他多くの変数によって自己は役割を与えられる。与えられた役割に沿って人生は進み、
その中で培った経験が自己の依って立つ礎になっていく。言うなればそれはレールの上を歩いているようなもの。役割という始点を認識してさえいれば、その先に続くであろう人生の終点にも多少の予測が立っていく。

これを私は個人的に「死に方が見える」というように表現する癖があるのだが、ここで視点をすこしずらしてみると、それはまるで運命論めいた価値観だと言えるかもしれない。

ここまでつらつらと書いたのは、プレイしながら頭の後ろのほうでぼんやりと浮かんでいたイメージだ。少なくとも、私にとっては「あまねく奇跡の始発点」はこのようなイメージの物語に感じられた。類似のイメージの作品といえば「La La Land」などが浮かぶが、きっと人それぞれにオーバーラップする作品が見つかるかもしれないし、あるいは自分自身に反響しているという人もいるかもしれない。きっとこれはヒトに普遍的なテーマで、生きるうちに出くわしてしまう命題でもあるのだろう。

何者かになるということ

シロコ・テラーはしきりに「経験」と口にしていた。
「経験」をしているからいまの自己があり、それはもう変わりようがない。
つまりは彼女にとって、自己を規定するのは「経験」だった。
温かい記憶と大切なものを得たシロコは、しかし理不尽にも失い続ける経験をした。
その経験はもはや自己を定義するものであり、その先に続くものは経験にひとつなぎとなっている一つの終着点しかない。
人生においてなすべきとすることと、人生の終わらせる場所をもう知っているから、それ以外の選択肢は選べない。選ぶ必要がない。
これは、ある種大人になるということかもしれない。

根拠のない自信に満ち溢れた思春期を踏み越え社会の一員になるためには、かならず何者かでいなくてはならない。他者とかかわるにはペルソナが必要だ。そして大抵それは社会における役割であり、役割は経験によって社会の側から付加されていく。
その役割は未来への道しるべになり、役割を全うしていくことで何者かに、大人になっていく。

色彩に触れ、自己を経験から規定したシロコ。
シロコを放っておけない先生は、自分を教導者という役割に押し込める。
彼にとって、きっとシロコは「大人になる」ことができなかったから。

選択するということ

生きる中で人間は選択をする。すべての結果は選択の後に続くものであり、
それが因果というものだ。
だから経験もまた選択に続くものである。
なにかを選択をするという段階において、選択は経験に先立つのだから、選択はその先にいくつもの経験と、それによって規定されていく自己とその未来を内包していると言える。いわばいくつもの未来の始発点こそが選択である。

先生にとって、選択こそが自己を規定すべきものであり、その機会を作ってあげることこそが「大人の責任」なのだろう。
その点でいえば、シロコは選択の機会を与えられなかった。
外からの力によって人生を捻じ曲げられ、無名の司祭たちによってアヌビスたることを規定される。
それは、先生にとって我慢ならないことだったのかもしれない。

私的な感想

ここまで深夜テンションで書いて、散漫になってきたのでそろそろ私的な感想を書いて終わりたいと思う。個人的にはとても響くシナリオだった。

詳しくは書かないが私はある特定の事柄について選ぶことができなかった。
それが元で精神を病んでいるし、今後も苦しんでいくことは分かっている。

でも、ここに至って振り返れば、もう今後苦しみしかないと自分に言い聞かせている面があったかもしれない。
そうしたほうが楽だからだ。ただでさえ理不尽に打ちのめされているのに、選ぶことによって生じる理不尽に耐えられる自信がないから。

なにか選べばもっといいことがあるかもしれない。
悪いことも起こるかもしれないが、選択こそが奇跡の始発点だ、と。
私にはまだ難しいが、そんな風に言祝ぐような、熱のこもったシナリオだったと感じている。






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