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No.8 岩室憲幸氏〜パワー半導体の技術〜

 世界中がSDGsを活動スローガンに始めていますが、私たちの生活には熱や電気といったエネルギーが欠かせません。省エネや資源の節約も地球にとっては大事ですが、暑さ寒さを我慢するのはしんどい。街の照明が暗くなるもの寂しいです。そこで大きな期待が集まっているのがパワー半導体、電気エネルギーコントロールの最重要技術の結晶です。今日のインタビューは筑波大学パワーエレクトロニクス研究室の岩室憲幸教授。パワー半導体業界では第一人者とほまれ高い先生ですが、インタビューでは意外なお話に頬が緩みます。

 岩室先生は1962年東京都板橋区に生れ、埼玉県川越市で幼少期を過ごされて県立川越高校から早稲田大学理工学部へ進まれました。研究業績では幸運を引き寄せるギャンブラーのような直観のエッジが効いていました。「直観は過たない、過てるは判断なり」とは、感性あふれる経営者や時代の仕事師が口にする格言ですが、『なんとなく選んだ道が正解だった』と語る笑顔に優しさが溢れていました。

――いつ頃から科学技術にご関心を持たれたのですか?

 「妹と二人兄妹で、母曰くおとなしい少年だったと思います。フツーに野球が好きで、将来のことなどはっきり考えたこともなかったです。ただ近所に商社マンの方が住まわれていて、海外出張を繰り返されるのを見ていて総合商社に憧れ、海外生活を夢見ましたね。だから文系一途に普通科で学びました。ところが、高校2年のときに物理テストでびっくりするほど好成績。先生からめちゃくちゃ褒められたんです。理系にしよう! 高3から早稲田の理工学部を目指そう、ってその時文理転換したのでした。風が吹いたから揺れる柳みたいでしょ」

 「本当はSONYに行きたかったです。ラジカセ、トリニトロンTV、子どもの頃から知ってましたから」

 ところが早稲田大学からの志望競争は厳しく、先輩のすすめもあり当時は太陽電池研究でトップの富士電機に入社し、研究所を希望してすんなり配属されたそうです。

――研究所での生活はいかがでしたか?

「磁気記録媒体、磁性体研究部署に配属されました。新事業の開始時期だったのです。先輩にも恵まれ、社内でも初めてコンピュータを利用したアルゴリズム解析手法とツールを開発し、26歳のときに磁気記録媒体開発シミュレーションソフトを初めて完成しました。」

先生の順風満帆という追い風に揺られる社会人生活が続きます。

「かっこ良く言えば、パワー半導体部門からスカウトされたのです。当時から花形、稼ぎ頭の事業部でしたから、残業も多いようで若干不安な異動です。コンピュータを使いこなせる人が少なかったから、期待されたのです。その代わり、半導体は全く分かりませんでしたから、勉強しました。私は独身寮に住んでいましたけれど、先輩技術者から毎晩2時間の勉強が必要だ、とたっぷり手ほどきを受け、本当に勉強漬けでした。新しいIGBT(絶縁ゲートバイポーラトランジスタ)半導体のシミュレーションが必要だったので、アルゴリズム研究に明け暮れていたのです。」

「29歳のときに発表したパワー半導体の論文が、アメリカの技術雑誌に紹介されてびっくりするような高評価をもらったのです。たった3年間、勉強しただけですよ。ラッキーでしたね。」

「どーせなら、海外留学もしてみたいなぁと考えて会社の留学制度に応募したら、これが採択されて1年2か月の間、アメリカに半導体研究の著名な先生を訪ねていきました。師事しながら、勉強も研究も集中してとにかく成果を出したかった。そうしたら国際学会にも発表の機会をもらえたのですが、考えてみたら企業の研究者だけどノンタイトルで博士号は持ってなかったんです。」

「博士号もほしいなぁ、と考えて母校の早稲田大学に論文博士を申請し、36歳で博士号を取りました。」

 淡々と飄々と笑顔で語られながらも、よく聞くとかなりの勉強家であったことがわかります。まさに努力の先生だったのですね。
 「人生はいつでも、なんとかなるもんですね〜」と笑いながら経歴をサラリと語られましたが、大転換の連続です。まさに直観を信じ、人一倍の努力で生きてこられたのだと思います。

――ご研究で大切にされていることは何でしょう

「博士号を取って、今度は富士電機の研究所から松本工場の事業部に異動しました。10年くらい居ました。ここでは苦労しました。研究畑から製品化や事業化をしろというのです。売れるものを作らなきゃいけないし、作ればクレーム対応もあって、マーケットニーズや部下や同僚を動かすマネジメントの苦労を、松本の寒さの中でほんとに肌身に凍みました。この経験は現在の研究にも非常に役立っていますね。」

「技術研究に壁は付き物ですが、強く信じて、雑念を物ともせずに長く考えれば、ひらめきが降りてきて乗り越えられるものです。いま、私は筑波大学に時々徒歩で通っていますが、SiC(シリコン・カーバイド)という半導体を製品化するために常に考えています。歩きながらも雑念を払って考えています。きっと答えが見えてくると信じています。」

 高校生になってから技術志望に目覚める研究者は少ないと思います。けれども直観を信じ、懸命に努力して、周囲の期待を背負いながら黙々と着実に成果を追い求める姿勢に、時は大きな風で背中を押し出してくれるものだ、と幸運を引き寄せた小さな奇跡の体験談を伺っている気分になりました。何度も登場する「風と柳の例え」が、遠慮深い先生の謙虚さにホッと暖かくなるインタビューでした。

研究室での指導風景
長考模索と発想の泉

略歴:
1984年 早稲田大学理工学部電気工学科卒業、富士電機株式会社入社
1988年 パワーデバイスシミュレーション技術、Si-IGBT・Diode並びにSiC        デバイス研究・製品化開発に従事中
1992〜1993年 米国North Carolina State Univ. Visiting Scholar.
   MOS-gate thyristorの研究に従事
1998年 博士(工学)(早稲田大学)
2009〜2013年  (独)産業技術総合研究所 先進パワーエレクトロニクス研究        
 センター、SiC-MOSFET,SBDの量産技術開発に従事
2013年〜 筑波大学 数理物質系 物理工学域 教授
2017.4〜2019.3, 2020.4〜筑波大学 応用理工学類 電子・量子工学専攻           専攻主任

<取材日2022/02/01>

主な著書:(NTS書籍紹介にリンクしています)
2022年2月 次世代パワー半導体の開発・評価と実用化(監修・執筆)
2019年4月 サーマルデバイス(共著)
2012年4月 スマートエネルギーネットワーク最前線(共著)
2019年9月 車載機器におけるパワー半導体の設計と実装
(科学技術出版株式会社)
2018年10月 Wide Bandgap Semiconductor Power Devices:
    Materials, Physics, Design, and Applications(共著)(ELSEVIER社)
2018年1月 SiC/GaNパワーエレクトロニクス普及のポイント(監修)     (S&T出版)
2015年6月 次世代パワー半導体の高性能化とその産業展開(監修)
 (シーエムシー出版)