見出し画像

伊豆リゾートワーケーション協会のワーケーション実証実験体験記

地方における人口減少が顕著となってきた昨今、地方創生、地方経済の活性化が日本人の働き方や生き方、引いては日本の今後を左右するのは間違いないだろう。このため、(NPO)伊豆リゾートワーケーション協会(静岡県賀茂郡東伊豆町、大津山訓男理事長)が観光庁の「既存観光拠点の再生・高付加価値化推進事業」の採択事業として2022年3月まで実施した実証実験に参加し、ワーケーションによる地方創生の可能性を体験してみた。理事長の大津山さんは元日本IBMの本部長で、私が前々職の日経BP社で取材記者をしていた頃からのお付き合いだ。

伊豆リゾートワーケーション協会
https://www.facebook.com/IZURWK


 伊豆リゾートワーケーション協会は、「オフィスでも自宅でもない東伊豆という『第三の場所』での新しい働き方を体感することで仕事や人生の新たな視点を開く」ことをコンセプトに、地域のワーケーション宿泊施設と交通を組み合わせた実証実験を実施した。7つの宿泊所やホテルが実証実験に参加し、それぞれに「ウェルネス型ファスティングホテル」、「企業合宿研修型」といったコンセプトがつけられている。実証実験参加者の滞在費の一部と交通費(都内からのJR代、最寄り駅からのタクシー代)は補助された。今回は大津山さんがオーナー・ホストである「伊豆熱川あじさいスパリゾート」に体験宿泊した。

JR交通費と最寄り駅からのタクシー代を
実証実験で支援

 民間調査によると、現時点ではワーケーションのための旅費を企業が負担しているケースは少なく、従業員がテレワークの一つの形態として自費でワーケーションに出向くケースが多い。自費を前提とすると交通費はやはり気になるところだ。今回の実証実験では都内からのJR(特急踊り子号)の往復交通費が補助され、後日銀行振り込みで戻ってくる。「伊豆熱川あじさいスパリゾート」の最寄り駅である伊豆熱川からのタクシー代もホストの大津山さんがタクシーチケットで支払ってくれるので負担はない。

画像1

 「伊豆熱川あじさいスパリゾート」を予約する際に伊豆熱川駅への到着時間を連絡しておくと送迎タクシーが時間に合わせて待っていてくれる。一般向けのタクシー乗り場がある海側の出口ではなく、「伊豆熱川あじさいスパリゾート」がある山側の出口にある小さな駐車場が集合場所だ。海側の出口にあるタクシー乗り場は広くないため、一般のタクシー利用者に迷惑をかけることのないように配慮したものだと感じた。

 14時に駅に到着し、タクシーで5分ほど山を登ると「伊豆熱川あじさいスパリゾート」に着く。このあたりはもともと分譲別荘地として大手のデベロッパが開発したエリアで現在も数百の別荘が並んでいる。道路はほとんどが私道だそうだ(県外から車で訪問すると車のナビゲーションシステムによっては地図に道路が表示されないケースもあった)。このため車道でも電動キックボードの許可が得やすいそうで、実際伊豆熱川あじさいスパリゾートにも電動キックボードが1台置いてある。バスやタクシーの自動運転の実証実験もできそうな環境だ。

 実際、「伊豆熱川あじさいスパリゾート」の近所に大きな敷地内に数件のリゾート宿泊施設を建てているオーナーは、敷地内の道路に巡回型の自動運転カートを設置し、山のふもとに着いたお客を宿泊施設まで運んでいる。これは個人の敷地内なので写真を掲載できないのが残念だが、災害時の緊急停車など安全性に十分配慮できればとても面白いシステムだと思った。

 観光の名所である伊豆熱川も、地元の人口減少は避けられない。地域の公共交通(路線バス)の路線数や便数、運行時間帯は縮小の一途を辿っているという。だが、AIを使って、利用者がいる場所に必要な時だけ、最も効率的なルートでタクシーを配車するような実証実験を行っている地方自治体や、市内の路線バスに自動運転バスを採用している地方自治体も出てくるなど、MaaS (Mobility as a Service)のニーズは都市部よりも地方の方が強いようだ。このような取り組みが広がればワーケーションを含めた観光の利便性と、地域住民の買い物などの利便性を両立できる可能性があると感じた。

「チームビルディング型」ワーケーション施設「伊豆熱川あじさいスパリゾート」

 大津山さんがオーナー・ホストの「伊豆熱川あじさいスパリゾート」は実証実験において「チームビルディング型」ワーケーション施設と位置付けられている。1階には数名が泊まれる洋室と和室が1部屋ずつあり、和室には温泉がついている。2階には受付、会議室、キッチン付きのリビング、テラス、テレワーク用のブースがある。受付には自動チェックイン用のロボットも置いてあり、大津山さんが不在の時はセルフチェックインする。屋外にはグランピング施設もあり、そこに一人でこもってテレワークをすることも可能だ。

画像2

到着後、施設と実証実験について大津山さんから説明を受けた後は、リビングとテラスでバイキング形式の夕食。ホストの大津山さんが買い出ししたエビや肉をみんなで美味しく頂いた(食材費は別)。伊豆だけあって海産物は豊かだ。「伊豆熱川あじさいスパリゾート」は基本的に素泊まりを想定しているが、近くにスーパーやコンビニはない。ワーケーションに来たが、食事の都度に車で移動するのでは効率が悪い。ホストが地元の食材を買い出ししておいてくれることは利用者に便利なだけでなく、ワーケーションの需要が大きくなれば地元の消費拡大にもつながる。ホスト(あるいは管理人)が地元の食に通じていることはワーケーション施設の重要な要素だと感じた。

画像3

「チームビルディング」で
地方創生のアイディアを創出

 実は私が今回「伊豆熱川あじさいスパリゾート」を訪問したのは、「長崎県の五島列島でホテルを運営している知人にワーケーションを提案したい」という私の知人に実際のワーケーション施設を体験してもらうのが目的。食事後に和室に戻って温泉に入ってから2人でビールを交わしながらあれこれ話した。温泉は2人で入れるほど広くはないが、リラックスできたのかワーケーションにおける職、食、水、スマート農業、再生可能エネルギー、MaaS (Mobility as a Service)など話は弾んだ。

画像4

 先にも書いた通り、現時点ではワーケーションを企業の社命で実施しているケースは少なく、従業員がテレワークの一つの形態として自費でワーケーションに出向くケースが多い。大津山さんによると情報セキュリティの観点から自宅以外へのパソコンの持ち出しを禁止しているIT企業も少なくないという。それでは地方でワーケーションを実施する企業にはどのような企業が想定できるだろうか。最近は、個人客向けの客室の一部をワーケーション用に改装し企業に長期賃貸する旅館も出てきているが、企業にとってその地で長期のワーケーションする理由を見出すのは簡単なことではない。

 その中で出てきたアイディアの一つが、ビジネスとして地方創生に取り組んでいる企業はそこで長期にワーケーションする可能性があるだろうというものだった。水やエネルギー、MaaS、あるいはスマート農業などで地方創生に貢献したいと考えている企業だ。

 例えばヤマハ発動機は、五島列島の「スマートアイランド推進実証調査」に参画し無人ヘリコプター実験に参加する予定だ。また、ヤマハ発動機は新興国向け小型浄水装置も開発しているので、いわゆる限界集落での水の確保はビジネスチャンスにもなりうる。このように地方創生に貢献できる可能性のある企業をワーケーション施設に誘致して長期滞在してもらえば、企業にとっても地元にとってもメリットがある。折しもSDGsの浸透により、持続可能な社会の実現はあらゆる分野において課題となっており、これらの課題解決に取り組んでいる企業は多い。地域の課題解決と、企業のビジネスチャンスをマッチングする仕組みを作れば長期のワーケーションニーズを創出できるだろう。
五島列島のスマートアイランド推進実証調査
https://www.mlit.go.jp/kokudoseisaku/chirit/content/001380937.pdf

 企業だけではない。地方は人口減少に伴い働き手が不足している。農業や漁業では出荷時期などの繁忙期だけでも季節労働者を域外から募集できれば大助かりだ。そのような就労ニーズをワーケーション施設で紹介できれば、利用者は地元の産業に従事しながら中長期の滞在型ワーケーションを続けられる。幸い五島市には、長崎県認定の「五島市地域づくり事業協同組合」があって19の事業者の中長期の仕事を就業斡旋する仕組みがすでにあることも分かった。
五島市地域づくり事業協同組合
https://goto-work.com/

これらのアイディアは後日、五島市のホテルに実際に提案することができた。このようなディスカッションを短い時間でできたのは「伊豆熱川スパリゾート」の「チームビルディング」ワーケーションの効果だと実感できた。

廃墟化する旧来型観光ホテル、
課題は地域のリーダーを育成する仕組み作り

 2日目は朝食の後、大津山さんの案内で漁港の朝市を覗いてから海岸沿いを車でぐるっと回ったのだが、そこで目にしたのは国内旅行華やかしころの大型観光ホテルの廃墟の数々。180度海に開けた素晴らしい立地だが、時代のニーズに合わせた変革ができなかったということだろう。大津山さんによると累積債務が大きすぎて撤去費用すら出せず手つかずで放置されているのだと言う。素晴らしい観光資源を持っているにもかかわらずもったいない話だ。でもこれは熱川に限った話ではない。観光業におけるビジネスモデル変革は全国共通の課題だろう。

廃墟となったリゾートホテル

画像5

 その後は「稲取高原ふれあいの森」を散策した後で、「伊豆ホテル リゾート&スパ」を視察させて頂きここで昼食をとった。伊豆ホテルはともと2社の保養所だった施設を増改築したホテルで、とても上質なサービスを提供している。コロナ禍での開業だったにも関わらず経営は順調だそうだ。

画像6


伊豆ホテル リゾート&スパ

画像7


 大津山さんは自らが熱川に半移住し、伊豆リゾートワーケーション協会を自ら立ち上げて地域を巻き込み、ワーケーションをキーワードに熱川を再生される努力をされている。人脈も豊富で、「こういう課題を持った人はこの人につなげば役に立てるのでは」ということをいつも考えていらっしゃる。私の下田のお客様を大津山さんにご紹介したところ、下田にも何度も足を運んでアドバイスを頂いている。

 しかし大津山さんのような地域のリーダーは多くない。高齢化、後継者難、累積債務など多くの問題により自社の事業再生すら取り組めない地方の宿泊業は多く、地域をあげたビジネスモデル変革を提案しても「話には乗りたいが自分が主体になって動きたくはない(あるいは動けない)」という回答をもらうことも少なくない。経営を支援する立場にある私としては、「地域を巻き込むリーダーになるための方法」からご支援する必要があるということを強く感じた。

高尾将嘉(たかおのぶよし)
中小企業診断士・認定経営革新等支援機関
専門はコロナ後に向けた中小企業のビジネスモデル変革・事業再構築
前職は日経BP社、野村総合研究所
連絡先 n-takao@nifty.com



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?