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連載小説 口は幸せのもと 第2話

文=にら  (N高7期・ネットコース)

「いらっしゃいませー」
案内されたのは一番奥のカウンター席。
席には背丈の低い調味料がお行儀よく並んでいた。
いつも目にする醤油やソースも、小さくなるだけで愛らしいと思えてしまう。

「ご注文が決まりましたらお声掛けください。」

温かい緑茶を渡された私は、ひとまずメニューを選ぶことにした。

湯呑みのサイズも小さくて可愛らしい。
そう思いながら前方に手を伸ばしたところ、そこにメニュー表はなく、隣の壁にはいくつかのメニュープレートが打ち付けられていた。

なるほど……メニューはこのプレートから選ぶということか。
さて、どれにしようかな……。

試験中に眠くなることだけは避けたいから、丼はやめておくとして……。
そうなると、定食の中から選ばなければいけないのか。
生姜焼き定食、すき焼き定食と……悩むなぁ。

それに値段もほぼ同じだし、選べそうもない。
うーん……。あっ!

悩んだ時には店員さんに聞いてみるのが一番だろう。

「すみません」

「はい?」

「……この店のおすすめの定食は何でしょうか?」

「……。」

「……。(あれ……変なことを聞いてしまったか?)」

「あぁ……。うちのおすすめはメンチですかね?」
「それでお願いします。」

なんだか悪いことをしてしまったかもしれないという思いから、咄嗟にそう答えてしまった。

「はい、メンチカツ定食ですね。少々お待ちください。」

店員さんの「メンチ一つ!」という声と共に、調理場が動き出す雰囲気がうかがえた。

そんな時、元々いた女性客は丁度、この店を後にした。
この店内に残されたのは私と数少ない店員さんのみ。
普段行くファストフード店では味わえないような感覚に、新鮮味を感じていたが、先ほどの申し訳なさ、恥ずかしさが、その感覚を悪い方向へと変えていくようだった。

時刻が12時を回ったころ、社会人のランチタイムに入ったからか、店内には続々と人が舞い込んできた。
静けさに包まれていた店内は、あっという間に賑やかになり、活気あふれる営業マンの熱いトークも聞こえてくる。
もちろん注文も増え、店員さんはとても忙しそうに、小さな店内をせかせかと移動していた。

それから少し経った頃、急に変化した店の雰囲気にのまれていた私のもとに、例の定食が運ばれてきた。
「お待たせしました、メンチカツ定食です。」

ついにきた。メンチ……。
温かみの強い照明に照らされたその定食には、何か違和感があった。

続く……


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