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【連載・能登の遺伝子①】「ふりだし」で感じる変わらない存在意義/地方と都会つなぐACアダプターに/合同会社CとH CEO・伊藤紗恵さん、COO・橋本勝太さん㊤

東京から能登半島に移住・起業して半年がたった2024年1月、新たな「地元」となった珠洲市を震源とする大地震が発生した。本拠地を置く市中心部の飯田町は商店街の姿が変わり果て、せっかく築いた自身の活動拠点も全壊。ようやく街の復旧が緒に就き始めた9月、今度は記録的な豪雨に襲われた。

「また、ふりだしか…」。いわゆる「二重被災」に直面した伊藤紗恵(CとH合同会社CEO)が語る。ただ、伊藤はインタビュー中、気落ちした様子をあまり見せず、気丈に語っていた。それは取材のため訪ねてきた相手への気遣いでもあるのだろうが、そればかりではない。

「それでも、やることは変わらない」。自分の針路ははっきりと見えている。だから、何度ふりだしに戻されても、また前を向いて歩き始める。

夏の思い出は能登に

東京で育ったが、幼少期から能登に思い入れがある。珠洲に母方の祖母が住んでおり、毎年、夏休みに訪れていた。青い空、青い海。「夏の思い出は全て能登にあった」。そんな場所だという。

とはいえ、能登と日常的な結びつきがあったわけではない。転機となったのは新型コロナウイルス禍だった。全国的に外出の自粛が呼び掛けられてリモートワークが普及し、各企業が業務内容を見直したり新しい働き方を模索したりする流れができた。大都市に住んでいる人材が副業として地方に関わる機会が増え、伊藤も能登町での案件に携わることになった。

「地方への移住」と聞くと、都市部で培ったあれこれを脱ぎ捨てて「エイヤッ」と田舎へ引っ越すイメージを持つ人がいるかも知れない。しかし、伊藤の場合は違った。「副業」を通じて能登の人々と出会い、少しずつ能登で過ごす日々の比重が高まっていき、やがて本拠地を能登に移し、能登町出身の橋本勝太(CとH合同会社COO)とともに起業するに至った。

受け皿あってこその地方創生

そうして始めた事業がコワーキングスペース。「共有のオフィス」という性格から考えると、一般的にはビジネスマンの多い都市部でこそ成り立ちそうな商売に見える。しかし、その事業を奥能登でやることに意味があるようだ。

東京への一極集中状態を是正しようという動きは根強い。ただ、その文脈では「とにかく東京から地方へ人を移そう」という側面が強かったところもある。この点に2人は違和感を持っていた。

橋本は「そもそも、ワクワクできる地域がないと。で、そこには、よそから来た人を受け入れる土壌がないと」と語る。移住自体を目的化してしまってはいけない。誰かが理想の暮らしの舞台として地方が輝きを放っており、その暮らしを実現する手段として地方へ移住するのが望ましいということだろう。

そうした考えの下、伊藤は自社の存在意義を「地域の人と地域外の人のハブ(行き交う場所)の役割を果たしたい」と説明し、橋本は「私たちはACアダプターになる」と表現する。

ACアダプターはコンセントから流れてくる交流(AC)電力を、電子機器が使える直流(DC)電力に変換している。アダプターなしでは両者が行き来することはできない。

ここで重要なのはAC、DCそれぞれに得手不得手があり、双方の良いところを引き出すために、間に入る存在=アダプターが必要ということだ。能登という地域の盛り上げを考えた時、地元住民だけが頑張っても、逆に外部の人だけが頑張ってもうまくいかない。

そんな哲学は地域づくりだけでなく、自社の態勢にも現れている。インタビュー中、能登町で生まれ育った橋本が舌鋒鋭く語り、それを東京育ちの伊藤が静かに聴いて勘所で補足した。互いを補完し合う様子は、まさにアダプターがあるかのようだった。

「なんで能登?」への答え

能登半島地震が起こると、奥能登がいかに都市部から離れ、陸路でのアクセスが限られているかという地理条件が全国的に認識された。さらに人口減少・高齢化が進んでいることを考え合わせれば、奥能登は新たなビジネスを始める地域として必ずしも有利ではないはず。

実際、伊藤は友人から「何で能登なの?」と聞かれるという。その問いかけの背景には「なぜ、わざわざ課題が山積みの能登で?」という含意がある。
この点、CとHの2人の答えは明確で、逆に「課題がたくさんあるから」。人口減少や高齢化、空き家・耕作放棄地の増加は現在、全国の地方の共通課題となっている。今回の二重被災により、能登では時計の針がさらに進み、問題解決に向けた緊急度は高まった。

「目の前にある問題は、追って他の地方も直面するもの。つまり、今の能登の有りようというのは、将来の日本の姿ということ」

経済成長が著しかった頃の日本では、田舎は都会に「後れている」という位置づけだった。でも、いまは違う。国内人口は減少に転じ、日本経済の勢いに陰りがみえている。捉えようによっては、地方は日本の将来を映しており、能登がその先頭を走っているとも言える。

「課題最先端地域」「最先端過疎地」。2人の口から出るのは、後ろを向いた自虐の言葉ではない。ただただ前を見据えた希望の言葉なのだ。

㊦へつづく。

(敬称略。ライターは国分紀芳が務めました)

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