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生命の「失敗許容主義」からビジネスが学べること

迷いなく生きるための生命講義

私たちは不老不死になれるのか? なってよいのか?
なぜ、私たちは非効率に見える「感情」を抱えて生きるのか?
利己と利他の対立はどうすれば解消可能か?

人と人、コミュニティ同士の対立、怒りや悲しみなどの負の感情、欲望、そして死——。人間が生命として持つ性質はあらゆる問題を引き起こす。しかし、それゆえに、生命の性質を理解すれば、人間はこの世界に立ち向かうこともできる。

日々の生活からビジネス、経営にいたるまで、様々な活動の本質を生命原則から解き明かすNewsPicksパブリッシングの新刊ビジネスと人生の「見え方」が一変する 生命科学的思考(高橋祥子著)の一部を抜粋・編集しお届けする。

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多様性は、そもそもなぜ重要なのか?

近年、ビジネスや経営のあらゆる場面で「多様性」という言葉を耳にしますが、そもそも多様性は、なぜ重要なのでしょうか。それは、生物的な観点から言えば、多様な生物種があることで生命全体としての生存確率が上がるからです。

進化という言葉には「進」という文字が入っているため、あたかも何らかの目的や形態に向かって進んでいるかのように受け止めがちですが、実際には「こういう生物を目指している」という明確な方向性はありません。人類を含め、各生物種がさまざまな可能性を試す中で、絶滅するものがいたとしても、一部がうまく生き延びればいい、という考え方です。ここでの「さまざまな可能性を試す」とは、ある意味失敗することを前提にしています。生命は、失敗も成功も含む累積探索量を、必死に増やしているのです。

未来に何が生き残るのかを現在の時点で見通すことは困難であり、遠い未来になればなるほど予測の難易度は上がります。だからこそ生命は多様性を作ることにより、未来の生存確率を上げているのです。失敗許容主義は、短期的に見ると非効率的な戦略に見えますが、長期的には効率の良い生存戦略となります。

生命は必死になって失敗している

この「失敗許容主義」には、人類だけにとどまらず企業が生き残る戦略のヒントがあると考えています。

これほど世の中が素早く変化する環境において、目先の利益のみに着目すれば、環境の変化によって途端に商品が売れなくなってしまう可能性も大きく存在します。そのとき、環境が変わってから適応しようとしても、一から新しく商品を開発するような時間はたいていの場合ありません。新しい試みは、日常的に行うことが求められます。長期視点に立った研究開発(長期研究)などはこれに該当します。

生命が「失敗許容主義」であり、失敗も成功も含む累積探索量を増やすことをよしとしていることに鑑みると、長期研究は必ずしも成功が保証されていなくても良い、むしろ成功しようという視点を一旦脇に置くことが重要と私は考えています。長期研究というと、「時間はかかるけど大きな利益が約束されているもの」というイメージを伴いがちですが、生命の進化において大きな利益は約束されていません。むしろあらゆる可能性を試し、必死になって失敗しています。

企業の長期研究も、「経済的利益に直結するかどうか」という視点が必ずしも必要だとは限りません。環境は常に変わるものであり、環境の変化が予測できない以上、長期研究のどれが役に立つかは予測できないからです。大切なのは、「長期研究に取り組むこと」そのものです。研究が花咲くかどうかは未来が決めることであり、現在や、ましてや過去の経験則は役に立ちません。

多様性の本質は「同質性」にある

組織づくりの観点で言えば、「多様性」という言葉は男性中心の組織に女性を参加させたり、外国人を積極的に採用したりする場面で使われることが多くあります。そこには、「背景や能力が違う人たちを集めよう」というニュアンスがあります。

そのこと自体は素晴らしい一方で、企業経営のときに「多様性」という言葉が使われる際には、その言葉が独り歩きする場面も見られます。多様性について考えるときには、「何が違うか」という差異だけが注目されがちですが、差異に注目すると同時に「何が同じか」という点にも注目しないと、多様性の本質を見失うことになります。

多様性を考える上で「同質性」が重要だというと、同質なものは多様ではないのではないか、と考える人がいるかもしれません。しかし、たとえばヒトは姿形・体質・ 性格など極めて多様ですが、実はゲノムのおよそ 99.9%はみな同じものを持っています。ヒトは99.9%は同じゲノム配列を持っている上で0.1%だけ差異があるから多様だということが認識できるのであって、ミジンコやコアラ、ウーパールーパーなどゲノム配列が大きく異なる生物を入れて考えてしまうと、ヒト間の差異など微々たるもので多様であるとは言えません。単にバラバラに存在しているものを集めることだけが多様性なのではありません。多様性を考えるには、差異の前提となる土台が必要となります。

企業における多様性も、多様性を作ることそのものを目的にするのではなく、ある目的を達成したいと考える「同質性」を持つものをまず集め、多少の環境変化にも対応できるための手段として多様性を確保する、というのが本来の意味での多様性のあり方です。 企業にとっての目的とは、企業理念や企業文化に賛同した人たちとともに社会的価値を生み出していくことです。その目的に賛同しているという「同質性」を前提として、年齢・性別・国籍・人種などに関係なく、異なる才能や背景を持つ人たちが集まることこそが真の意味での多様性です。

多様性を確保することだけを目的にして差異にだけ注目してしまうと、たとえば企業の目的やフェーズに合わない人を採用してしまうなど、企業として(あるいは部署として)何をしたいのか見失うことになります。

違いにだけ着目してしまう事例として、単純に「年齢」「性別」「国籍」などのデモグラフィック・属性による目に見えやすい多様性のみを採用したものがあります。米イリノイ大学のメタアナリシス(複数の独立した研究結果を統合して行う分析)の論文では、このデモグラフィックにのみ焦点を当てた多様性は、

・組織に必ずしも良い影響を与えるとは限らず、むしろ悪い影響を与える場合もある 
・一方で、能力や経験や価値観などのタレントベースの多様性については組織パフォーマンスに良い影響を与える

という結果が出ています。これは、デモグラフィックのみの多様性の場合、「男性 女性」や「日本人 外国人」など、差異にのみ焦点が当てられがちになり、組織内で軋轢が生じやすいためだと社会分類理論では考えられています。

いまや、組織運営や会社経営に生物学の視点を取り入れようという考え方は珍しいものではなくなりつつあります。日々解明が進む生命に関する知識を組織や社会づくりに応用していく流れは、今後より一層高まると考えています。

(本書『ビジネスと人生の「見え方」が一変する 生命科学的思考』へ続く)

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【目次】
第1章 生命に共通する原則とは何か ー客観的に捉えるー
第2章 生命原則に抗い、自由に生きる ー主観を活かすー
第3章 一度きりの人生をどう生きるか ー個人への応用ー
第4章 予測不能な未来へ向け組織を存続させるには ー経営・ビジネスへの応用ー
第5章 生命としての人類はどう未来を生きるのか