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10年先の目標をポエムにしない方法──『フルライフ』#6

人生100年時代が到来し、75歳頃まで一生懸命に働くだろう私たちに、いま必要な「戦略」はなんなのか? 予防医学・行動科学・計算創造学からビジネス・事業開発まで、縦横無尽に駆け巡る、 石川善樹さんの集大成『フルライフ』を、一部特別公開します。
私たちNewsPicksパブリッシングは新たな読書体験を通じて、「経済と文化の両利き」を増やし、世界の変革を担っていきます。

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10年先の目標がポエムになる理由

 ここまで1日、そして1週間というスケールにおいて、重心がどこにあるのか見てきました。次に見ていくのは、いきなり飛んでいるようですが、3年~10年です。なぜ、このような幅をもった時間を想定しているかというと、次のようなジレンマに私自身が遭遇したからです。

「現実から積み上げていっても、明るい10年後が見えない」

 具体的にお話しさせてください。人は誰しも、すこし先の未来、例えば「10年後の自分」について想像することがあると思います。

 それをぼんやりイメージした場合、今よりずっと成功している「夢」の姿になるわけですが、悪い意味でのポエムにしかならないことが多い。10年というスケールは個人的にも社会的にも不確定要素が多すぎて、そのために今から何をしていけばよいのか、逆算するイメージができません。

 もちろん「10年後の自分」を想像すること自体は大事なんですが、それはあくまでも北極星のようなものです。逆算するものではなくて、見上げるもの。「前方に北極星が見えるから、北には進んでいるな」というぐらいの目印です。

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 一方で、現実から出発して1年後の自分や会社がどうなっていくか想像を重ねていっても、どうしたって低空飛行になるというか、たかが知れた10年後にしか到達しません。

 では、普通の人とすごい人では、何が違うのか? 幸いなことに私はさまざまな仕事を通じて、国内外のすごい人たちと接する機会があります。それを利用して、彼ら/彼女らの思考パターンを分析した結果、次のことに気が付きました。

Q.すごい人はどう計画を立てているか?

〉〉〉A.すごい人は、3年プランの立て方がうまい

 例えば、2014年4月に資生堂の社長に就任した魚谷雅彦さん。就任早々、2015年度からの「3カ年計画」を発表して、ハイレベルな目標を見事に達成しました。2018年度から「新3カ年計画」をスタートさせており、そのプランニングの確かさに注目が集まっています。

すごい人は3段階で計画を立てている

 では、すごい人はどのように3年プランを計画しているのでしょう? 私たちが参考にできるようなポイントを一言で言うと、次のようになります。

「普通の人もすごい人も、1年後のプランは大して変わらない。でもすごい人は、2年後、3年後のプランニングがうまい」

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 すなわち、すごい人の3年プランは、「積み上げ型」というより、非連続成長をする「レバレッジ型」だということです。1年目の投資の時期はまだ結果は出ない。2年目にやっと結果が出始める。3年目にその結果が次々と拡大していく。

 では、すごい人はどのようにして3年プランを立てるのか。通底するキーワードを整理すると、次のようになりました。

 1年目:準備する(種を蒔く)
 2年目:始める(芽が出る)
 3年目:広げる(花が咲く)

 もう少し仕事に置き換えるとこのようになります。

 1年目:Build期(組成する)
 2年目:Model期(定型をつくる)
 3年目:Scale期(拡大する)

 つまり1年目は、何をするかを計画するよりも、誰とするかを計画する「Team Build」の時期です。2年目は、スケール可能な「Model」を作る時期。そして3年目にいよいよ「Scale」していく。これは言い換えると次のようになります。

 1年目の重心:Who(誰とするか?)
 2年目の重心:What(何をするか?)
 3年目の重心:How(どのようにするか?)

 こういわれると、「そんなの当たり前じゃん!」と思われる方がいます。きっとうまく3年プランが立てられている方なのでしょう。しかし私はこのような単純なことにすら考えが至らず、なんとなく1年単位で物事を計画しては「今年も大したことを成せなかった」という反省を繰り返していました。

 ところが、ここまで述べてきたような戦略に基づき3年プランを行うと、その難しさを痛感するとともに、「何でこんなに大事なことを誰も教えてくれなかったのか!」とその威力に驚いてもいます。きっと私のように「3年プランの戦略」を持っていない方もいるだろう。そう思って、こうしてご紹介している次第です。

 ちなみに便宜上「3年プラン」としましたが、もっと年数をかけて考えてみてもいいですし、時間がない、もしくは仕事の粒度が小さいという人は「12ヶ月を三分割」というイメージでもいいかもしれません。4ヶ月目でここ、8ヶ月目でここ、12ヶ月目でここ……と順に段階を考えていけば、薄ぼんやりしていて見えないと思っていた未来が、クリアに見えてきます。

 さて、もっと話を進めましょう。すごい人の上には、「もっとすごい人」がいます。おそらく人類の中でも一握りしかいないであろう「もっとすごい人」は、次のような離れ業をやってのけます。「3段階のプランニング」これが意味するのは、次の通りです。

「3年後のプランニングができれば、その先の3年、さらにその先の3年もプランニングできる」

 これが3段階のプランニングという意味です。

 この3段階のプランニングができるようになれば、「10年後」の未来にかなり近づけます。

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 この思考法は、パナソニックの伝説のエンジニアとして知られる、大嶋光昭さんから学びました。日本が世界に誇るシリアル・イノベーターである大嶋さんは、例えば私たちのカメラに入っている「手振れ補正機能」などの発明者です。

 大嶋さんにお会いした時、最初の3年から次の3年、さらに3年の「9年プラン」で北極星まで行けるというお話を伺いましたが、さすが天才の所業だと思います。そして図を見てもらえれば明らかなように、この1年~10年というスケールにおける重心は、「2段階目の目標をどう設定するか」です。

 なぜかというと、理由は2つあります。一つ目の理由は、2段階目の目標が明確だからこそ、10年後の未来に届きそうだという確信が得られることです。もう一つの理由は、2段階目の目標があるから、じゃあ3年後の目標は何にしたらいいのかという逆算が可能になるからです。

 こうして「いま」と「途方もない10年後」が一本の線でつながるのです。

イーロン・マスクのすごいプランニング

 私の知る限り、この「2段階目の目標設定」をバツグンにうまく設定するのがイーロン・マスクです(宇宙ロケットのスペースXや電気自動車のテスラの開発を手がける、アメリカ人実業家)。ここで彼の思考法を覗いてみることにしましょう。

 まず彼の強い想いは、次の通りです。

「人類がよりよい未来を迎える確率を上げたい」

 ここが、あらゆる事業を貫いて設定されている、彼の揺らがぬ想いです。そしてこの想いが叶う「ゴール」を設定し、スタートを切るわけです。

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 具体的には、最初に取り組むのが、「事業のイノベーション」。つまり持続可能な事業を作ることです。その目的は、キャッシュを生むことです。

 キャッシュは何に使われるのかというと、「企業のイノベーション」です。そして、イーロン・マスクのさらにおもしろいところは、イノベーションの向かう先が、「新たな持続可能な事業」ではないところです。

 彼にとってイノベーションが向かう先は、「産業構造を変えるレバーを引くこと」なんです。

Q.人類がよりよい未来を迎える確率を上げるには?

〉〉〉A.産業構造を変えるレバーを引くこと

 このレバーが引かれると、「産業のイノベーション」が起こります。

 つまり彼はスタートとゴールの間を埋めるために、「事業と企業と産業」というまったくレベル感の違うものを同時に視野に入れて考えている。そして、企業のイノベーションと産業のイノベーションという、2段階のジャンプでゴールに到達しようとしているのです。

 具体的にイーロン・マスクが何をしてきたのかを当てはめていくと、ぐっとわかりやすくなります。彼が2002年に設立した宇宙ベンチャー企業「スペースX」をサンプルにしましょう。ゴールは「人類を火星に移住させること」です。このまま地球にいると資源不足や環境問題などが悪化して危険だから、火星という選択肢を持つことで「人類がよりよい未来を迎える確率を上げる」。

 ゴールは火星であり、スタートは地球です。ではここから、イーロン・マスクはどのようにプランニングするのでしょう?

 さきほどの図を念頭に置いて、項目を一つずつ順番に埋めていきましょう。

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 まず「持続可能な事業」は何かというと、ロケットで宇宙に物を運ぶ、宇宙輸送(商業軌道輸送サービス)です。スペースXという企業は各国の政府から依頼を受けて、おもに人工衛星を宇宙に運んでいます。この事業がうまくいきキャッシュができたところで、スペースXはイノベーションに乗り出しました。再利用可能なロケットの開発です。

 これまでのロケットは一回使ったら終わりの使い捨てで、一機作るためにはゼロからコストがかかっていました。しかし、再利用可能なロケットというイノベーションを起こすことで、宇宙航空のコストが劇的に下がる。宇宙航空のコストが劇的に下がると、参入障壁が下がり他の企業も乗り込んできます。

 そうすることで宇宙産業全体が盛り上がり、つまりは「産業構造を変えるレバーを引くこと」になる。他の会社がロケットを製造したり、火星用のコロニーを作ってくれたりするようになります。その結果、他企業とも一致団結して「人類を火星に移住させること」というゴールへと近づく。

 この図で一番大事なポイントは、「宇宙航空のコストを下げること」=「産業構造を変えるレバーを引く」です。このKPIの設定が、電気自動車のテスラであれブレイン・マシン・インタフェースのNeuralinkであれ、イーロン・マスクは抜群にうまいと感じます。

 本書では、イーロン・マスクを例に出しましたが、Amazonのジェフ・ベゾスも、Microsoftのビル・ゲイツも、後に述べますが、理化学研究所を立ち上げた渋沢栄一も、「産業構造の変化のレバー」を引くことで、大きなスケールで目標を追い掛けています。ぜひこの視座をもって、時代を眺めてみて下さい。

 ここまでの話を整理しましょう。3年~10年という時間軸においては、準備する、始める、広げるの「3段階のプランニング」が大事でした。3年計画を立てたら、さらにそれを3段階にわけて、10年の計画を立てることも可能なわけです。

 3段階のプランニングにおける重心は、「2段階目の目標設定」にありました。そしてイーロン・マスクを例に、「産業構造を変えるレバーを引く」とはどういうことかを見てきました。

 せっかく本書を手に取ったのですから、ぜひこの「2段階目の目標設定」という重心に、一度トライしてみてください。

 それがいつ頃の話で、具体的になんなのかさえ明らかになれば、たちまち現実へのバックキャストもしやすくなるでしょうし、夢想のように思えた10年後にも、「今」という時間はつながっていくのだと確信が持ちやすくなると思います。

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はじめに どうしたら一度きりの人生がフルになるのか
1章 仕事人生の重心は、すべて「信頼」にある
2章 生産性の重心をとらえる3つの「時間軸」
3章 創造性の重心は「大局観」にある
4章 人生100年時代の重心は「実りの秋」にある
5章 真のWell-Beingとは「自分らしさ」の先にある
おわりに 新しい時代の重心は「私たち」である