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非常勤講師渡り歩記④〜困難校は生徒が近い(高・公)〜

非常勤即ちピンチヒッター。
大体「初めまして!明日打ち合わせで来校可能ですか?来週の授業からお願いしたくて。」といった勢いで引き継ぎも無しに波乱の最前線に放り込まれる訳です。

そんな現場を傭兵の如く渡り歩くこと4校、それぞれに何処も面白く何処も大変でした。

今回は3校目の話をします。

シリーズの記事↓


前回までのあらずじ

 年度途中から赴任したのは単学級の中学校だった。
自由な環境での仕事は楽しかったものの、往復3時間の運転と減っていく貯金残高に年度末での移動を決意した。

詳しくは前回の記事↓

 私は大学時代、距離で部屋とバイト先を決めて半径300mで完結させていた究極の出不精。今度は近いところがいいな。

と思っていた3月半ば、高校の恩師から入電。
車で30分程度の市の高校か。なかなか良い条件だ。…がなぜか学校名を教えてくれない。
若干不穏だと思いつつも教育委員会からの連絡を待つ。
伝えられたのは年度によっては定員割れをする公立普通科。所謂教育困難校だった。

卒業さえ出来ればいい

 卒業生の進路はほとんどが就職もしくは専門学校へ行く。
つまり内申等は興味が無く「卒業出来たら良い」生徒が過半数。
共通一次を利用する生徒が年度に1人いるかどうか。

最低限の労力で欠点ボーダーギリギリを取ってバイトと恋愛、青春をエンジョイするのが要領良くて賢い選択だという生徒内の風潮。
彼らの本分は勉強ではない。遊びとバイトあるいは家事優先で授業は睡眠時間に使うという生徒も珍しくない。

すると何が起こるか。上に向かう流れが無く全体がずるずると下がっていく。
あんなに湿気た文化祭を初めて見た。

  飛び交う会話には窃盗、傷害、盗撮、無免許運転がちらほら混ざる。ここは犯罪者の巣窟か。
前任校の短ランボンタン金髪の全世代ヤンキー達とはまたベクトルの違う濃い生活が始まった。

無防備で人懐こい生徒たち

 反面、一旦関係ができれば無防備なまでに人懐こく可愛らしい一面を持っている。
若い女性でちょっとギャルっぽい印象も親しみやすかったのかもしれない。(当時24歳、細身で毛先のみ金髪。)
生徒達は週3日しかいない非常勤講師によく懐いた。

5月の連休明けには女子生徒が「せんせー、恋バナ聞いて」と放課後の美術準備室に乗り込んできていそいそと内鍵を施錠し始めた。
なんと美術を選択していない完全に担当外の生徒である。恋の相手が美術選択か美術部員なのかと思いきやそんなこともない。
どうやら単に「手頃なところに素敵な秘密基地を持っている話を聞いてくれそうなお姉さん」として選ばれたらしい。完全に友達感覚である。

こういう驚くような距離の詰めかたをしてくる生徒が数多くいた。
教員のことがあまり好きでない生徒でも距離感は似たようなものだ。
愛着障害を持つ生徒が多いのと、内申に興味が無く権力勾配が起こりにくいのも関係していそうだ。
とにかく近い。かなり強引に懐に入ってこようとする。

はっきり言ってめちゃくちゃ可愛い。ややこしい生徒はめちゃくちゃ鬱陶しい。
そしてそのどちらもが困難を抱えているのが間近に見えてめちゃくちゃしんどい。
結果私は生徒達に最大級に入れ込んで、熱心に仕事に取り組む事となった。

興味はあっても勉強は嫌

 それでも面白い授業をすれば…甘かった。
「興味のある事を知る=知識欲が満たされる=Happy!」くらいに簡単に考えていた。
知るための時間や労力や工程にストレスや苦手意識があるとそこは釣り合わない。
例えば「1時間椅子に座っていること」「私語を謹むこと」「文字を読むこと」「ノートを取ること」「寝ないこと」。
私が「興味さえあれば勉強は楽しい!」と思えていたのは、そういったことが苦痛にならない性格だからという事に気が付いていなかった。

 学習障害、発達障害、貧困、幼い兄弟や障害のある家族の世話や介護で身動きが取れなくなっていたり、親に放置されていることも珍しくない。
「やらないから出来ないんだ」なんて言ったりもするが、そもそも「やれない」要因が横たわっている。

積み重ねられた挫折体験から自分を守るために「元々やる気がなかった」態度を頑なに作っていく。酸っぱい葡萄だ。
常に逃げ道を探し非行や授業妨害に勤しむ者、何事にも無気力無関心な態度を貫こうとする者、「できない」が「やらない」を作っていく。

落ちこぼれを作らない

 なんて言うとキラキラした夢見がちなフレーズに聞こえるだろう。
当然どの学校でも落ちこぼれと吹きこぼれは発生する。
勿論、どちらも出さないのが理想で、適切な対処が望まれる。

 しかし困難校の「落ちこぼれ」を甘く見てはいけない。
前述した「1時間椅子に座っていること」「私語を謹むこと」の苦手な生徒達が授業妨害を始める。
小中学校で問題児と呼ばれた子ども達は、もはや’’児童’’ではないパワーを持っている。さらに学力別の入試制度で集まってきている。

特に芸術科は作業が多く、自由度の高さが授業妨害の隙になりやすい。
その上で定期テストが無く作品評価が大きな割合を占める分、他人の時間と集中を奪う行為の罪は重い。
とにかく授業を成り立たせるために、落ちこぼれを作らない、妨害の隙を作らないことは死活問題だった。

そのための取り組みについては得たものがとても多く、共有する事で誰かの力になればと別記事にまとめている。
よければ以下リンクから読んでみてほしい。

待遇面

 待遇は歴代勤務先で最悪だった。
所属自治体の教育委員会に物申した程だ。

 何が問題と言って「授業があったコマ数」に応じて時給と交通費が計算されるシステムだ。
例えば、体育祭の雨天順延に備えたり台風で途中下校になった場合、「授業が無かった」として、時給はおろか、交通費さえ支給されない
期末後の成績入力(授業が無い時期の出勤)は1時間分と交通費のみ申請されたが、その後不備が見つかったりした場合は勿論自腹だ。

 2校目の中学校でもそうだったが、そもそも非常勤に教科主任をさせることが自体が土台無理な話なのだ。
年間指導計画の作成、謹慎や出席停止の生徒の為の別課題の用意、必要な物品の選定、購入、管理。
他の教科の教員が肩代わりすることが不可能な「授業以外の教科の仕事」は数多くある。
やらなくては授業も評価も成り立たないのでやるしかない。勿論全てタダ働きだ。
本来常勤教員の対応する勤務まで、教科担当者が学校に1人しかいない場合せざるを得ない。

中学校も義務教育ゆえに誰も切り捨てられない難しさがあったが、困難校はとにかくイレギュラーのトラブルが多い。
「私は一体何やっとるんだ?」と思いながら特別指導中の部屋に課題説明をしに行ったり、未提出で進級や卒業が危ぶまれる生徒について何度も担任を探し周り連携をして囲い込み、時には家まで電話をかけてもらった。

最早歩いているだけでトラブルや要指導に当たる
勤務外なのでスルーしたいけれど生徒に「先生の前でやっても注意されなかった!」と負の成功体験を積ませるわけにもいかず無限に仕事が増えていく。

週あたりのコマ数は1校目と同じだったが、仕事量は体感3倍、給料は2/3程になった。
奇しくも1校目のあった自治体を恐ろしいところだと噂した実習先中学と同じ地域の県立高校だった。
(教育実習の話、1校目の話はシリーズの記事から読めます。)


 試行錯誤の日々でした。生徒達のために毎日何ができるか考えていました。
週3日のために授業準備に明け暮れ、副業のデザイナーはほぼ完全に営業停止の有様でした。
待遇は歴代最悪でしたが、一番一生懸命だったかもしれません。
それだけ「せねばならない」と思わせ、つい自分の身を切ってしまうような切実な現場でした。

 どうか困難校の生徒達の実情を知って、一緒に考えてほしいです。
ですので今回は本の紹介をして終わりにしたいと思います。

1冊目 「県立!再チャレンジ高校」黒川祥子(2018)
 ある教育困難校での改革の取り組みを多くの教員職員の目線から描くノンフィクション。”ルポ”とつく2冊目より”ルポ”的。明るめで読みやすいのでおすすめ。

2冊目 「ルポ教育困難校」朝比奈なを(2019)
 自身も進学校出身で教員としての勤務も進学校勤務の長かった著者が教育困難校で受けた驚きと戸惑いの経験から、その実情を発信する。

 次回!
年度半ば、美術教員の知り合いを紹介してくれないかと声がかかる。
聞けばここより随分条件が良い、そんなん私が行きたいが?!
私は来年度の異動のチャンスにかけて掛け持ち勤務を申し出た。
オール公立出身者、初めて私立の門をくぐる!

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