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〜臆病な自尊心と尊大な羞恥心〜 「バケモノの子」にみるミスチル「Starting Over」の考察 (後編)


 <前編のあらすじ(記事はこちら)>
 「バケモノの子」の主題歌「Starting Over」について、本編の内容を反映させた主題歌だ…と根拠もなくずっと思い込んでいた俺は、タイアップ決定時のニュース記事により、歌詞と映画の内容の一致が偶然だったことを知る。
 そして俺は思った。偶然にしてはあまりに出来過ぎている。本当は「バケモノの子」の内容を反映させて歌詞を書いたのではないか?



 という訳で、後編では様々な書籍・映像資料から「Starting Over」歌詞の制作経緯を可能な限り解説・考察し、【本当に「Starting Over」の歌詞はバケモノの子と無関係だったのか】を検証をしたい。
 …結論から述べる。ニュース記事で言及されていた通り、「Starting Over」の歌詞はやはり「バケモノの子」と無関係で、内容の類似性は偶然だったと思われる。その検証過程については文献情報、動画情報、その他の推測、結論の四項目に大別し、以下に順を追って述べていきたい。


1、文献情報

 まず、この歌の複雑な誕生経緯と曲の解説についてはWikipediaを参照願いたい。それを踏まえた上で、俺は手元にある関連資料を調べた。「Starting Over」発表以後、そして収録アルバム「REFLECTION」について語られている文献を確認すれば、歌詞に関する新事実が判明するかもしれない…という淡い期待を抱いて。 確認した資料と、ヴォーカル/作詞の桜井和寿氏が述べていた歌詞に関する情報の要約は以下の通りである。なお、本稿の論点はあくまでも歌詞であるため、曲作り自体の記述については触れない。

・ 「REFLECTION 限定生産盤 {Naked}」付属ライナーノーツ 小貫信昭 著
p.8-p.9「冒頭のメロディーに【肥大したモンスターの頭を】という歌詞が浮かんだ。なぜモンスターになったのかは不明」
・『ROCKIN'ON JAPAN』No.454 2015年7月号
p.59(歌詞の成立過程についての質問に対して)「自分でもよくわからない。曲を聴いた時に【モンスターの頭】というのが直感的に良いかもと思った」
・『Sound & Recording Magazine』2015年8月号

p.27 (「足音〜Be Strong」と比較して)「歌詞も含め、包容力よりも自分たちの情熱と興奮とスリリングさを求める方向にいけた」
・『ファンクラブ会報』No.69 2015年5月 No.70 2015年9月
No.69 曲に関する言及なし。
No.70 p.9(2015年6月4日  ツアーのMCより)「何かが終わればまた何かが始まる、という曲」
・『道標の歌』小貫信昭 著 2020年11月
p.233-p.234「なぜモンスターだったのか自分にもわからなかったが、しばらくこの言葉と付き合ってみることにした」「トゲのある言葉をぶつけたら面白い存在感の曲になるかも」
(『LuckyRaccoon 42号』にも情報があるようだが、未所持のため確認できず。
また、「バケモノの子」パンフレットに桜井氏のコメントが寄せられていたが、数行の映画感想と「この作品に関われたことに誇りを感じる」という旨のメッセージのみで、主題歌歌詞に関する言及は無し)


 確認した限りでは、どのインタビューにおいても「Starting Over」と「バケモノの子」との関連性についての記述はみられない。俺の疑問に対する肯定も否定もない。結果的に、「Starting Over」に関する文献の記述に、Wikipediaに引用されている以上の内容は確認できなかった。ミスチル古雑誌コレクションを改めて読み漁ったのは徒労だった。
 いや、これだけでは終われない!更なる情報を求め、俺は映像資料を調べることにした。


2、動画情報

 「Starting Over」に関連しそうな映像資料としては、管見の限り以下の二点が挙げられる。 
 二点の動画を改めて確認したところ、かなり興味深く有益な情報を得ることができた。録画を消さなかった過去の自分を褒め称えたい。この番組で得られ、書籍には掲載されていない有益な情報を以下に羅列する。


・「NHK SONGSスペシャル」(2015年6月15日)
 2014年11月、「足音〜Be Strong」の没音源「ノブナガ」(後の「Starting Over」)の復活・歌詞変更が決定。
 「against monsters head_1104」(2014年11月4日作成?)と題された仮歌詞によると、この段階で既に「虚栄心、恐怖心、自尊心」の歌詞が確認できる。
 年末までに行われたレコーディングで「僕だけが行ける世界」の歌詞が誕生。それまでの仮歌詞は「僕しか知らない世界」だったので意味合い自体は変わらず。 
 その後も細かな歌詞の変更と幾度のレコーディングを経た末、遅くとも2015年2月20日に楽曲が完成。
 また番組中、楽曲制作について「Starting Over」の歌詞を引用し、「自分のモンスターを撃ち殺し、何かを終わらせてまた何かを始める」ことを繰り返していきたい、と語っていた。

・「NHK SONGS」第345回(2015年6月20日)
 「楽曲制作環境の変化(2014年11月19日に発売されたシングル「足音 〜Be Strong」より、ミスチルはデビュー時からのプロデューサー・小林武史氏から独立し、セルフプロデュース体制に移行している)によって生まれた迷い・ビビりをモンスターに例え、その息の根を止める」ことを歌詞に込めたと述べている。

(なお、2015年8月19日の日テレ「NEWS ZERO」にて、桜井和寿氏×細田守監督対談の対談が放映されている。こちらの文字起こしにて確認したところ、残念ながら楽曲への言及は無い)


 まず、「SONGSスペシャル」では楽曲・歌詞制作の明確な時系列について確認できた。特に「バケモノの子」を思わせる部分が、歌詞作成当初から存在した点を重要視したい。映像の範囲内では歌詞制作に外圧があったとは感じられない。「バケモノの子」とは無関係に、桜井氏は当初から「バケモノの子」或いは『山月記』を彷彿とさせる歌詞を書いていたようだ。
 なお、「バケモノの子」タイアップの正式発表は2015年6月1日。当然これ以前にタイアップのオファーが来ているわけだが、その日時は不明となっている。この日時が仮に2014年11月4日以前であった場合は「バケモノの子」のストーリーを歌詞に反映させていた可能性も考えられるが、その日時が不明である以上は追求しようもない。
 また、「SONGS 345回」では、「Starting Over」に桜井氏の心情・当時のバンドの状況が明確に反映されていることが明らかとなった。書籍には書かれていない貴重な情報である。
 以上のように、動画においても、「Starting Over」と「バケモノの子」との関連性にまつわる情報は得られなかった。


3、その他の推測


 以下の二点は根拠のない推測なので、話半分に読んで頂きたい。

・ミスチルとタイアップ
 過去の例を見ると、そもそも桜井氏はタイアップに沿って歌詞を書いた場合、それを隠していない。例えば発表時期が近い「信長協奏曲」の主題歌「足音 〜Be Strong」の歌詞は、楽曲制作のオファーを受けた後、ドラマ内容を把握した上で制作されたことが明かされている(「REFLECTION」ライナーノーツより)。「今という時代は言うほど悪くはない」といった歌詞は、タイムスリップを題材にした「信長協奏曲」を意識したものだろう。(余談だが、この歌詞の大部分から小林氏から独立した桜井氏の心情が見えるような気がして面白い)
 よって「Starting Over」に「バケモノの子」の内容が反映されているなら、その旨は公言されている可能性が高い。


・ミスチルと『山月記』
 「Starting Over」が「バケモノの子」を引用していないとして、『山月記』はどうなのか。間接的な考察材料として、「REFLECTION」に収録され、アルバム発売以前のファンクラブツアーから発表されていた「斜陽」「蜘蛛の糸」を挙げたい。この二曲の名称は、太宰治と芥川龍之介の作品から引用されたと公言されている。(『ファンクラブ会報』No.68 2014年12月号 p.5-p.6より )以前のミスチルではあまりみられなかった命名法だと思われる。
 上記にまとめた「Starting Over」文献情報によると、歌詞作成(再構成)にあたり、桜井氏はまず冒頭の「肥大したモンスターの頭を」という歌詞を無意識的に閃いたという。そのイメージを拡張させるため、収録アルバムに点在する文学ネタを引っ張って、心に住まう怪物を表現するために『山月記』を引用した可能性は考えられないだろうか。繰り返すが、これはあくまで俺の推測である。ソースは無い。


4、結論



 以上、「Starting Over」歌詞の制作経緯を可能な限り解説・考察し、【本当に「Starting Over」の歌詞はバケモノの子と無関係だったのか】を検証をした。
 その結果、
・当初の情報通り、バケモノの子の影響はない
・曲の題材が被ったのは、報道の通り偶然だった

 と結論付けたい。結局当初のニュース記事の通りだったことになる。そもそも、なぜ俺はプレスリリースを疑ってしまったのか…。



 バンドが当時抱え込んでいた状況を表現した曲と、タイアップ先の映画の偶然の一致。あまり軽々しく使いたくない言葉だが、これはある種の運命だったと考えることにしたい。
 それにしても、一つの歌をここまで深く掘り下げた経験は生まれて初めてだった。「Starting Over」は元々大好きな歌だったが、より思い入れが強まった気がする。


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