ショートショート「海風にルーズボール」

反復練習はいい。

やったらやっただけ、上達する。自分の中の自分にしかわからないもの。研ぎ澄まされるような、少しずつ精度が上がるような、そんな感じが心地いい。

まあ、届くかどうかは、別だが。

「山行くんか？」
「うん。」
「ほうか。これ、持ってけ。」

ランニング姿のじいちゃんが、凍ったポカリを渡してくれた。自転車を漕いで、山道を登っていく。
チャリの前かごで、ペットボトルが二本、俺と同じくらい汗をかいている。

真夏日。今日は午後から今年一番の暑さらしい。

＋

山を切り出した空き地。材木だの使わないトラクターの置き場の端に、ハーフコートがある。娯楽の少ないこの島でバスケットにハマった俺たちのためにじいちゃんが作ってくれたものだ。小学生の頃、隣町の閉校した中学からもらってきたゴールを建ててつくった。

「あぶねぇから、すみっこで見とけんな。」

あの日もたしか、暑い夏の日だった。ユンボで穴を掘ったり、地面をなしたり。テンションが上がった俺たちは「あぶねぇぞ。」と、じいちゃんに怒られ日陰でボールを転がしながら蝉の声を聞いていた。

山道抜けると、ガコンッとシュートの音がしてくる。

「わたし上がるから。次、使っていいよ。」
「おう。」

無言が気まずくて、少し離れたところに自転車をとめる。靴紐を確かめてから、回転をかけて放った。
トンッと戻ってくるボールを、片手で受け止める。

「これ、じいちゃんから。」
「ありがと。」

中学に上がったあたりから、僕たちはだんだん最低限しか話さなくなった。小学校の終わりには、もうクラスでは話さなくなっていたけれど、家やここではまだ話してた気がする。でも、何を話してたか思い出せない。何を話せばいいか、わからないし、ことばが見つからない。ハリガネみたいなやつだったのに、今はなんというか、少しドキドキする。

「なに？」
「……いや。」
「……ねぇ。」
「なに？」
「……バスケ、やらないの？」
「わかんない。」
「……まあ、いいけど。じゃあね。」

島の観光パンフレットに載った縁とかで、東京に行ったらモデルみたいなことをするらしい。よくは知らない。僕はといえば、スポーツ推薦の話もあって、でもずっと迷ったままだ。バスケは好き。でも、東京って、遠い。

皮の感触。ボールが吸い付く感覚。いい感じ。

ボールは、ジリジリと熱い夏の空をバックに綺麗な放物線を描く。そのままスゥっと落ちて、リングにあたり、跳ねていった。

トンッ、トンッ、トンッ。

はぁ。座り込んだ地面が熱い。そのまま寝転ぶと、空がでかかった。ときどき吹き抜ける風が気持ちいい。少し海の匂いがする。溶けそうな夏の光。

＋

第4クォーター。5点差。
ここまでよく食らいついている。マークを抜けて、フリーでパスを受ける。よし。

皮が手に馴染む感触。いい感じだ。……入れ。

ガコンッ。

くそっ、ルーズボールだ。リバウンドに飛んだ相手チームのバッシュにあたり、サイドラインに跳ねる。

「走れ！コータ！」

あいつ、あんなにでかい声出るんだな。
なんて冷静に思う自分と、ボールを目で追う自分。全力で筋肉に命令する。バッシュがキュッと音を立てて、振り返る。キムタケの足にぶつかったボールは、そのままトンッ、トンッと跳ねて、ラインを越えていく。自分の体がスローモーションみたいだ。こんなシーン、漫画にあったな。届かない。ああ、ダメかも。

「……あきめるな！」

うるせぇ。わかってるよ体が宙に飛ぶ。右。左。右。一歩。二歩。ジャンプ。手を、のばして……。

＋

結局、届かなくて相手ボール。そのまま2ゴール入れられて5点差のまま試合は終わった。

「惜しかったね。……うん。惜しかった。」
「うん。」

一生懸命やっても、ダメなときもある。勝負は、勝つ方と、負けた側がいる。悔しさに潰れそうなときもある。好きだから、やめたくなる。自分の試合でも泣かなかったくせに。あいつが泣きたの見たの、保育園以来な気がした。

島の高校でも、バスケはできると思う。できるけど、どうだろう。選択肢は少ないかもしれない。
東京に出たら、何か変わるのかな。わかんない。でも、選べる未来は、増えるかもしれない。

「……バスケ、やらないの？」

あいつ、「やめないの？」って聞かなかったな。挑戦するんだろうか。やりたいことをやるのって、ときどき勇気。すげぇな。いつだって、ちょっと出遅れてる気がする。

コートは半分、日陰になった。
よし。
月並みだけど、このシュートが入ったら。
そしたら、きっと。

深く息を吸って、何回かボールを地面について、感覚を確かめる。暑さも熱も忘れて、ゆるやかに筋肉が跳ぶ。指先の終わり、爪の先まで、滑り抜ける。

ボールは、綺麗な放物線を描いて、